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ドクトルウォッチング(その5)

医者と言っても人間。いろんな性格、いろんなクセがあって然りです。
だけど、最低限、これだけは守ってもらわなきゃ、と思うのは、患者や患者の家族に不信感を与えるような言動は慎んでいただきたいということです。

あたしの父が体調を崩して入院をしていた時のことです。
お盆の期間とはいえ、大きな病院はカレンダー通りに営業・・・ではなく、診療していました。
夏休みだったあたしとやっちゃんが、病院へ行きました。
担当の先生に病状説明をお願いし、その先生の外来診療が終わる時間まで、待つことになりました。
3~4時間、待つことに。
長い待ち時間ではありますが、毎日行けるような場所ではありませんので、とにかく待ちました。

ようやく先生の外来診療が終わり、お目にかかることになりました。

年は30代から40代あたりでしょうか。
顔は若いが、頭部は・・・
でも、そんなことは良いのです。毛の量なんて関係ありません。

先生、外来終わりの直後の事、そりゃぁお疲れでしょうよ。
だけど、あたし達の顔を見るなり、うっとうしそうな表情をするわけです。
初っ端から、ケンカ売る気か?って雰囲気だったのです。

入院に至るまでの経緯等を一通り説明してくれるのですが、とにかく「あんた、なにをそんなに興奮してるの?」と言いたくなるような語調で、あたしの目を穴があくほどに見つめながら話すのです。
なぜか唇は震えてるし、説明はよくわからない。
心を患っていらっしゃるのかしら・・・という感じだったのです。

ハッキリ言ってしまうと、この人、家に帰ったら、お人形さんと遊んでるんじゃないかしら・・・と思ってしまうような、ちょっと危険な臭いがする、そんな先生だったのです。

うちのやっちゃんが一緒にいてくれたからよかったけど、あたし一人であの先生と向かい合ってたら、きっと途中で部屋を出ようと思うくらい、キショクワルイ先生でした。

病名はわからない、原因もわからない、ただこういう症状ですということしか言えないと。
原因となる病気の可能性がいくつかあるので、これからの検査で解明するかな・・・という状況でした。

実は、父は以前にも同じような症状で、別の病院だったのですが入院したことがあるのです。
その時にも同じような説明を受けていましたので、あたしは言いました。
「前の病院でも、その説明は聞きました。検査の結果、どこも大丈夫だったんですけどね・・・で、すっかり良くなってたんです。どこか、悪くなったのかなぁ・・・」って。
するとその先生、更に唇を震わせて、こう言うのです。
「それじゃぁ、その病院に行って、データでも何でも持ってくればいいじゃないですか!」と。
目は血走って・・・・るかのように、あたしには見えました。

は?
なぜゆえに、先生、そこでキレちゃうの?
キレる必要、ありましたっけ?
あたし、間違ったこと、言いましたっけ?

もう、あたしも話しする気分じゃぁなくなり、とにかくよろしく頼むということだけ言い残して、帰ってきました。

数々の医者と会ってきましたが、あんなキショクワルイ先生に出会ったのは初めてです。

うちのやっちゃんは、なかなか出来た人なんです。
なので、しょっちゅうブツブツと文句を言ってるあたしと違い、めったに人の事を悪く言わないのです。
そのやっちゃんが言いました。

「あの先生、おかしいで・・・なんやねん、あの態度」って。

やはり、変なのだ・・・
アイツは変なのだ!

どんな医者であれ、元気な体にしてくれれば、それはそれで良いのですが・・・
父の体調は、あまり良くないままです。

いろんな医者がいるでしょうが、患者の家族にケンカを売らないでくださいませ。。。

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ドクトルウォッチング(その4)

あたしは、少し皮膚が弱いです。
かぶれやすかったり、湿疹が出たり、見た目なんともないところが痒くなったりします。
ひどくなると皮膚科行きますが、皮膚科ってどこの先生も、どうも信用できません。
チラッとみただけで、軟膏を1本くれるものの、なんでそうなるのか、どうすれば防げるのか、体質的にどうなのか、そんなお話しを聞かせてもらったことはありません。
まぁ、その軟膏でキレイに治ればそれで良いのですが、しつこい湿疹、あたしの場合は首の後ろによく出るのですが、こいつはなかなかのクセ物。
治ったかと思ったら、数週間でまた出てきます。
いくつかの皮膚科でみてもらいましたが、何の変わりもありませんでした。

昨年の秋頃、その首に加えて腰にも湿疹の集合体が現れました。
そして、まぶたにも少し。
仕事の帰りに行けそうな場所に、村田皮膚科を見つけました。
良いか悪いかわかりませんが、とりあえず行ってみました。

そこで出会った村田先生はヨボヨボのじいさんでした。
チョイトずれた眼鏡の上から、上目づかいのじいさんと目が合います。
そのショボショボのおめめで、ちゃんと見えてるんやろうか・・・と心配がよぎりました。
別の医院で以前にもらった軟膏を持って行って見せました。

『この首の湿疹は、エライ年季がはいってるなぁ、いつからや?
もう5年も前からかいな。 そら、ひつこいなぁ。
何が原因かはわからんなぁ。体質的なもんやろ。ちょっとしたアレルギーやな。
なになに、この薬を使ってたんかいな。
そらあかんわ。
この薬はな、ベリィベリィストロングや。
すぐに治まるやろ? そやけど、またすぐに出てくるんや。 副作用もあるかもしれん。
そうやろ、ほれみてみぃ。
今日は痒そうな色してるからベリィストロングの薬あげるけどな、これは2日しか使うたらあかん。
それから、ストロングに変えて、ウィークに変えて、ほんで最後は副作用のないベリィウィークな薬にレベルを落としていくんや。
わかったか。
ほな、これあげるさかい、2日やで、2日したら、また来てんか。
腰も首も一緒や。
まぶた?これはまぶたに使うたらあかんで。ストロングすぎて、お肌があかんようになるかもしれんからな。
まぶたはこっちの薬や。わかったな。痒くても掻いたらあかんで。
薬、まちごうたらあかんで。 そやそや、痒み止めの飲み薬も出しとくさかい、ちゃんと飲みや。
はい、ほな2日後に来てんか。』

そう言いながらカルテにペンを走らすヨボヨボの村田じいさんでありましたが、その文字がすばらしく美しい!
英文字は、教科書のお手本のように、流れるような筆記体で記録されています。
そして2日が経過し、再びヨボヨボのところへ。

『どれどれ、まだちょっと痒そうな色してるなぁ。
ほな、この間あげたベリィストロングを朝に2日、それから今日あげるストロングを夜に塗る。
こうやって、ちょっとずつ弱い薬に慣らしていくのや、わかったか。
あぁ、まぶたやなぁ、まぶたは・・・この間のん、もうちょっと塗っといてんか。
はい、ほな2日後に来てんか。』

また2日後か・・・・面倒だなぁと思いながらも、とりあえずしばらくはヨボヨボを信じてみましょうと思いました。
そして「2日後に来てんか」というのが何度か繰り返されたころ、首も腰も、ずいぶんキレイに治ってきたのです。
そうすると、ついサボってしまうんですね、人間ってやつは。
案の定、1ヶ月ほどすると、また出てきてしまいました。
そして再びヨボヨボ村田先生のところへ。

『ほれ、ちゃんと言う通りにせぇへんから、また元通りや。
ちゃんと治りきるまで、サボったらあかんっちゅうことや。
またベリィストロングからのやり直しやがな。
首、このベリィストロングを朝と夜に2日間、その後は、朝にベリィストロングを2日間、ストロングを夜に2日間。
腰の方マシやになってるから、こっちのストロングを朝に2日間、夜はこっちの新しいウィークのんを2日間。
まぶたは、この前の薬を朝に2日間、夜はこっちのベリィウィークを2日間。
ええか、はい、ほな2日後に来てんか。』

え、先生、2日後ですか?首は4日分の説明を聞きましたが・・・?
このストロングは、首も腰も、同じやつでいいんですか?

『そやさかい、このストロングは朝に2日間・・・・首と腰や・・・ほんで・・・・えっと・・・・
なんや、わからんようになってきたな。
まぁ、だんだんに弱いのんを使うということや。』

だんだんに弱い薬に・・・えぇ、それは何度も聞いてわかっているのです。
ヨボヨボの頭の中は混乱中・・・・
看護婦さんもニヤニヤと笑っている。
3箇所の湿疹にお薬が数種類あって、その使い方が朝と夜の組み合わせで・・・・
突っ込むのもアレなんで、「はい、なんとなくわかりました」とこたえておきました。

なんでもええわ、とにかく塗っておこう、そして、適当な時期が来れば弱い薬に変更すればいいのだ・・・
と、自分なりの解釈をしました。
薬に番号をつけて、しばらくの間、塗り続けてみました。
ちょっと痒みがひどい時はストロング度の高いやつ、マシになったらウィークのやつ。
そうこうしている間に・・・
2日後に来てんかと言われてから、もうすでに半年以上が経過しました。
すっかりキレイに治っています。
いつ、また出てくるかはわかりませんが、とりあえず現在は問題なしです。

このまま完治してくれればいいのですが、再発した時には・・・
ヨボヨボのところへ行って、「ほれ、みたことか」と叱られるか、また別の皮膚科めぐりをするか、ちょっと悩むところです。
叱られるのを覚悟で、ヨボヨボ村田先生のところへ行ったほうが良いような気がします。
やっぱり経験がモノを言っているのでしょう、薬のレベルダウンのお話しにも説得力がありましもの。
ただ、どの薬をいつ、何日間塗る、というのを表にでもしていただけると、とってもありがたいのですが・・・

ドクトルウォッチング(その3)

大学を卒業後、あたしは学生時代から引き続き、中学・高校生の学習指導のアルバイトをする傍ら、昼間は大学病院の研究室でアルバイトを始めました。

木村先生は、ある外科系教室の助教授でした。
最初は、その教室の若い先生方の雑居の研究室で週に2回ほどのアルバイトを始め、その後、木村先生が専属のアシスタントを募集しているということで、あたしが紹介されたのでした。

初めて会ったその瞬間、まるで宇宙人のような雰囲気の木村先生を「怖っ・・・」と思いました。
スポック船長のような耳、鋭い目。
どこを見てるかわからないような目線のままホニョホニョと、独り言なのかあたしに話しかけてるのか、わからないような話し方。
歩くときは、まん前しか見えていない猪突猛進のイノシシのごとく。周囲のことなど全く無視して、すごい大またで突進していくので、呼び止めるのも一苦労。

こういう不思議な人が、大学の助教授になるのだなぁと、勝手に納得したものでした。

少々ビクビクしながらも、雑居研究室に加えて木村先生の研究室で、週に2回、仕事をするようになりました。
雑居研究室で、簡単なパソコン操作とワープロ操作を既に学習していましたもので、木村先生にとってあたしは、扱い易かったことと思います。
そして、子供の頃からピアノをやっていたあたしは、学生時代に英文タイプを少々かじり、指の動きはとっても速かったので、木村先生はそれをとても気に入ってくださいました。
「入力、速いですね、いいですねぇ、ははは!」

当時、「データベース」ということばが、どこにでも転がっていたわけではありません。
個人レベルでパソコンを使って「データベース」を作ろうなどと思ったお医者さんは、まだまだ多くはありませんでした。
必要な情報を、山ほどのカルテの中から探し出して、コピーして、そこからまた必要な部分を抜き出して、レポート用紙に書き出して、あるいは、せいぜいワープロで打ち込んで・・・そんな時代だったのです。
木村先生は、それを打ち破り、新しい事を始めなきゃいけない、という考えの方でした。
とにかく「速い」ことが大好きな先生でしたので。

今ではもう、よう扱いません、あんなデータベース。
「DBaseⅢ」とかいうソフトだったと思いますが、今みたいにマウスでクリック、クリック、するだけで作れちゃうようなものではありませんでした。
入力フォームを作るのも一苦労です。
左から何桁目に「”」をいれて、次にくるフィールドがこれで、何桁分のスペースをあけて・・・・
みたいなことを、事細かにプログラミングしていくのです。
先生に教わりながら、フォームを更新したり、変更したり、山ほどのカルテから必要情報を入力したり。
MS-DOS?データベース?それがなんじゃらほい?というところから始まったわけですが、それはなかなかおもしろいものでした。
これがあったから、今のあたしがある、と言える部分が非常に大きいのが事実です。

常に向上心を持ち続け、新しい技を見つけては、披露してくださるのです。
「ほら、こうするでしょ、ここクリックすると、ほ~ら!すごいでしょ、あっと言う間に出来ちゃうんですよ、速いでしょ、ははは!」
その時の木村先生は子供のような笑顔で、ほんとうに嬉しそうな表情をされるのです。
宇宙人でも、こんなに無邪気なかわいい表情を・・・と、いつも内心、思っていました。

電話回線を使ってどこぞにある文献を収集する、なんていうことは、今ではインターネットを使えばなんてことのないお話しなのですが、当時の我々凡人にとっては、魔法のような技でした。
あたしが感心する度に、研究室には「すごいでしょ、ははは!」という宇宙人の笑い声が響くのでした。

研究室での姿しか知りませんので、病棟で、あるいは手術室で、あの宇宙人がどのような振る舞いをしていたのかは想像するしかありません。
不思議な人ではありますが、看護婦さんからの悪い評判を聞いたことはありませんでした。
患者さんのことを思って・・・なのか、研究のため・・・なのか、それはわかりませんが、常に一生懸命に治療し、患者さんが満足いく結果を出しておられたことは間違いないと思います。

その後、別の大学の教授として転勤されました。
数年前に退官の年を迎えられ、今はある病院の院長として、まだまだ元気に活躍されています。
ネットで病院のサイトを訪問すると、今時は、院長の顔写真を公開してるのですね。

相変わらず・・・今も宇宙人です。

ドクトルウォッチング(その2)

地元の「整形クリニックにしはら」の西原先生のお話です。
昨年の春、腕に違和感を感じて、西原先生の所を訪ねました。

「何やろうね、これ。何やと思います?」

尋ねているのは、あたしではありません。西原先生なのです。

「さぁ、これ、どうしましょうかねぇ?」

そんなこと言われても・・・・医学の知識はこれっぽっちもございませんので、あたくし。
とりあえず、週に2~3度、リハビリ療法のために通院することと、神経の炎症を抑えるお薬を処方していただき、飲み続けることになりました。
3ヶ月ほどが経過し、なんとなく良くなったような気がしたので、面倒な通院をやめちゃいました。

秋になり、再発しました。

「再発しましたか。どうします?一度、専門の先生のところで検査してもらいましょうか。」

ということで、紹介されたのが前回の吉田先生なのです。
西原先生の大学の先輩で、とても信頼できる先生だということでしたので、安心して吉田先生のお世話になることにしました。

吉田先生の指示で、月に1度の注射(脳天ズコ~ンの痛いヤツ)と月に2度のリハビリ室、そして週に2~3度は近くの、つまりは西原先生のところでリハビリ療法を続けることになりました。

再び「整形クリニックにしはら」のリハビリ室に通うようになりました。
数度に一度、西原先生にお会いするのですが、なんだか、なんだか。

「吉田先生、何て言うたはりました?」
「一進一退ですか、さぁ、どうしましょう。どうします?」

いえいえ、どうしようもございませんので、あたくしはただただ、吉田先生の仰せの通りに・・・

さて、ある日、うちのやっちゃんの手のひらに、グリグリした何かが発生しました。
ネットで調べると、「ガングリオン」とかいうモンらしいことがわかりました。
土曜の朝、西原先生ところへリハビリに行くので、一緒に連れて行きました。
あたしのリハビリが終わってしばらくして、大そうに包帯を巻いたやっちゃんが診察室から出てきました。

「痛すぎるぞ、これ!先生、むちゃくちゃしよるねん!!」

手のひらを見た西原先生は、「これ、ガングリオンというもんです」と診断。
やっぱりそうか。針でつつかれるのかな・・・と思っていると・・・
いきなり、ほんとにいきなりだったらしいのですが、先生はそのグリグリの上にブスリと注射器をさしたらしいのです。

やっちゃんとしては、「ちょっと痛いですけど我慢してくださいね、さぁ、いきまっせ」くらいの掛け声を待っていたらしいのです。
というか、それ、普通ですよね。それで覚悟がつくのですから。

後ろ向いて、こっちに向き直った先生の手には注射器、そしてやっちゃんの左手をひょいととってグサリ。

「イッテェ~~!!」と、そらぁ叫びますわなぁ。

そして、針を抜いて、グリグリのあたりを、グニュグニュと押して、中から何かが出てくるのを期待していた先生は、何も出てこないので、再びグサリ!

「・・・・先生、それは・・・・ないやろ・・・・」

痛みを必死でこらえてるやっちゃんに、相変わらず脳天気な西原先生はこうおっしゃったそうです。

「消毒、どうしときましょ? 包帯、しときます? どうします?」

そんな事を相談するなら、肝心の針を指す前に、相談してくれよ・・・
「痛いですけど、どうします?いきますよ?やめときますか?」と。
消毒くらい、相談せずにチャッチャとやっちゃっていただけるとありがたいのですが・・・
涙目のやっちゃんは、言葉を失ったらしいです。

勝手にいろんな治療をする医者も困りものですが、いろんな相談をされても、こちらも困るワケでして。
でも、イヤミな医者より、いいか・・・・
えらそうにふんぞり返っている医者より、いいか・・・
別の整形外科、また探すのも面倒だし・・・

吉田先生がバックについている限り、あたしはこのままお世話になってもいいかな、って思っています。
やっちゃんは・・・・2度と行かん!と怒っています。

ドクトルウォッチング(その1)

いろんなお医者がいるものです。
患者の立場としてはすがる思いで接する先生様であります。
が、ウォッチングするには格好の素材じゃない?という素材がウヨウヨしておいでなのであります。
今までに出会った素材を、少しずつ思い出してみようと思います。

まず第一弾は吉田先生(仮名)です。

大学病院の整形外科部長でいらっしゃいます。
ふつう、大きな病院の外来診療は夕方5時頃には終了のはず。
ところが吉田先生が担当する曜日の外来は、真夜中まで続くのです。
「4時-5時」という時間帯で予約をとっていても、その時間に行く必要は全くありません。
仕事を定時に終えて、ゆっくりと病院へ。
到着は6時半頃になりますが、待合ロビーには受診待ちの患者さんがまだまだあふれているのです。
ここは、町の整形医院?というような風景なのです。
6時半に到着して、8時前に順番がまわってくればめちゃめちゃラッキー!
9時をまわることなんてザラなんですから。
それを見越して、8時や9時頃に病院へやって来る患者さんもいるものですから、結局、全部終わるのが夜中になることが度々という状態のようです。

こんなひどい状況にもかかわらず、なぜ文句も言わずに患者さんは来るのでしょう。
腕が確かであるだけではなく、それは吉田先生の人柄なんでしょうね。

いつも優しそうな笑顔で迎えてくださいます。
じいさん、ばあさんのどうでもいい話しにも、「ふんふん、そうかぁ。それは大変やったなぁ」と丁寧に対応されます。
患者いっぱい待ってるねんから、そんな話し、聞いてあげなくてもよろしゅうはございませんか・・と内心思うのではありますが。

あたしは、月に一度、首と肩に注射を打ってもらいに行きます。
注射だけなら、看護婦さんに任せてしまう先生もいらっしゃるかと思いますが、吉田先生は、どの患者さんの注射も、全て自分でなさいます。
その注射の、わずか3分ほどの時間のために、何時間も待つことになるのです。

首と肩の注射、脳天にズッコ~ンと何かが刺さるように、めちゃくちゃ痛いのです、これ。
注射針を見た途端、体中の毛穴がキュッと締まるほどの緊張が走ります。
すると吉田先生の声が聞こえてくるのです。

「さぁ、がんばろうなぁ。がんばって、直そうなぁ。」
「痛そうな顔やなぁ。もうちょっとで終わるからな、がんばろうな」
「注射の後はフラつくから、ちょっと休憩して帰りや。気ぃつけて運転しなあかんで」

一人一人の患者に、こんな励ましの言葉を惜しみなくかけてくださるのです。
何時間も待たされたって、この先生でなきゃあかん、と思う患者の数がどんどん増えていくのも、理解できるワケです。

先生の机の上には、ひと口かじったパンと、皮もむかないままのバナナが置いてあるのを何度か目にしました。
お昼ご飯さえ食べる時間を惜しんで、外来患者の診察をしてくれたはるんだなぁ、ほんまにありがたや、ありがたや・・・です。

こんな状況ですので、看護婦さん達も大変なのです。
患者からは、「まだですか」と何百回もたずねられ、順番が近づいたら電話くれと頼まれたり、そりゃぁもう大変です。
吉田先生の外来日にローテーションがまわってきたら、アイタタタ・・・と思っているのではないでしょうか。
気持ちはわかります。ほんとうにお疲れさまです、と思います。

だけど、患者に不機嫌をぶつける看護婦さんがいるのです。
あいさつもしない、「お大事に」という一言さえない。
まだかなぁ・・・って順番を尋ねても、返事が返ってくるまでに15分も待たされたり・・・

吉田先生、あの人の脳天に、ズッコ~ンと一本、痛~い注射を打ってやってくれませんかねぇ?

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★さっち★

Author:★さっち★
京都のさっちでございます。
おなじみ「ピンクのぶた」!
幸せのおすそ分け、したりされたり・・・
という思いで、昔と同じ
【Glucksschewein】です。

 

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