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結婚式記念日

恥ずかしながら、私事で申し訳ございませんが、結婚式記念日です。
勝手に思い出綴りをいたします。
長々となりますので、適当に読み飛ばしておいてください。
まとまりのない駄文で、あほらし~い内容になりますので、放置してくださいませ。

1996年は、あたしにとって人生で最も充実した一年だったように思います。
おそらくこれから先も、一年を通してあんなに忙しく、あんなに楽しい年はやって来ないと思うくらい、密度の高い12ヶ月を過ごしました。

95年の秋から96年5月にかけて、とっても大きな仕事にとりかかっていました。
4月、5月は、会社近くのウィークリーマンションを自費で借りて、毎日10時、11時まで仕事をする日々が続いていました。
さすがに、大阪のオフィスから1時間余りをかけて京都の自宅に帰ることに疲れていましたので、初めての一人暮らしを経験してみたわけです。

プライベイトでも、95年夏に出会ったやっちゃんとの結婚話が徐々に進みつつありました。
30を過ぎてずいぶんになるのに、ちっとも嫁に行く気配のなかった娘の両親は、やっちゃんが初めてあいさつにやって来て、例の決まり文句「お嬢さんを・・・」と発言するチャンスも与えずに、待ってましたとばかりに「ほんで、式の予定はいつや?」と切り出したものですから、やっちゃんは今でも「お前を嫁にくれとは言うてない」と言います。

そんなこんなんで、挙式は秋頃に・・・と両家で話しがまとまりました。

が、時は4月。
あたしは猛烈に忙しい日々の真っ只中でした。
だけど秋となれば、急いで場所探しです。

時を同じくして、やっちゃんは職場の研修で4月から5月にかけての1ヶ月余りを東京で過ごすことになったのです。
その時期に、そりゃぁ、もう大変!
あたし一人で、あれやこれやと動くハメになってしまいました。

結婚式は、あたし、絶対に教会でやりたかったのです。
ホテルのチャペルや、ブライダル専用の似非教会ではなく、本当の教会で。
大阪の交通の便のよさげな教会をリストアップし、訪ね歩きました。
が、予想どおり、一般の結婚式はやってませんとか、秋の挙式予定はいっぱいですとか・・・なかなか引き受けていただくことができませんでした。

ある教会を訪ねた時、コテコテの大阪のおばちゃんって感じの牧師先生の奥さんに「悪いけど、うちは関係者しか結婚式せぇへんねん。」と冷たくあしらわれました。
だけど牧師先生に会わせて下さいと食い下がり、聖書の勉強会に参加させていただくことになり、先生に会って直接お願いしたのです。
いろいろ話していると、先生も、そのコテコテのおばちゃんも、あたしも、卒業した大学が同じだったことがわかったのです。
するとおばちゃん、ガラリと態度が変わり、「よっしゃ!同じ大学の関係者や。結婚式、させてもらいましょ!」と言って下さったのです。
あの時は、ほんとに嬉しかったです。

その教会、本当は由緒ある教会なのですが、梅田の怪しげな飲み屋街を抜けたところにあるのです。
そして、教会をあまり知らない人が思い描くような、ステンドグラスやとんがり屋根、ステキなお庭のロマンティックな教会とは程遠いものでした。
だけど、幼稚園も併設され、礼拝堂は歴史を感じるどっしりとしたもので、あたしは立派な教会であることを確信していました。

ところが、やっちゃんが大阪へ帰って来て、その教会へ連れて行った帰り道、「あれ、なんちゅう教会やねん。ぼろっちいし、ステンドグラスはないし、あんなとこで結婚式したいんか!」と言われ、あたしは大泣きしたのでした。

だけど、「結婚式は女性の為のものやから、お前が好きな用にやったらええ」という考えだったやっちゃんは、「お前がええのやったら、それでええ」と、最終的は納得してくれたのです。

さて、教会が決まれば披露宴の会場です。
教会から歩いて移動していただける大阪駅近くのホテルに決定。

5月の仕事が一段落した後は、本腰を入れて結婚式に向けての準備です。
場所が決まれば、旅行です。

夏に旅行したかったので、11月の挙式に先行し、8月末から2週間、ドイツ、スイス、フランスをのんびりと旅してきました。
やっちゃんにとっては初めての海外だったものですから、向こうにいる間は、あたしが全ての主導権を握っていました。
かわいいもんでした、あたしがいないと何もできない大の男!

あたしが大好きな南ドイツのロマンチック街道をやっちゃんも気に入ってくれました。
山のハイキングを楽しんだスイスでは、あたしのとっても大事なお友達にやっちゃんを紹介することができました。
パリでは「フランス人、クソくらえやなぁ!」という出来事がいくつか起こりましたが、セーヌ川でのクルージングディナーは、とっても楽しい思い出になりました。

そして秋。
ウェディングドレスをめぐって、当時まだオデブだったあたしには、トラブルが起こるわけです・・・えぇ、えぇ、ほんとにもぉ・・・

で、無事に挙式当日を迎えます。

何をどう間違ったのか、教会はその日、バザーの開催と重なってしまったのでした。
だけど、コテコテのおばちゃんの計らいで、バザーの時間を短縮し、あたしの結婚式のためにちゃんと時間と場所を確保してくださいました。
そして、バザー終了後、教会の皆さんで式場である礼拝堂の準備をしてくださり、その見知らぬたくさんの人達が、あたしたちの結婚を祝福してくださいました。

披露宴にはお呼びすることのできなかったお友達も、教会には来てくれました。
牧師先生の厳粛なる司式の下、誓いの言葉も間違えることなくちゃんと言えました。
指輪もちゃんとはめることができました。
合唱仲間にお願いした賛美歌に、参列の皆さんは感動してました。
いい式だったなぁと、思い出すとじぃ~んとしてきちゃいます。

披露宴は、とっても楽しいパーティになりました。
会場のカラーコーディネイト、手作りの席札とメッセージカード、キャンドルサービス代わりの金太郎飴配り(これ、二人の似顔絵を元に作ってもらったのです)。

やっちゃんの甥っ子の作文朗読は、会場を爆笑の渦に巻き込みました。
うちのフランス人の社長の祝辞は、本人、日本語全然できませんので、書いたものを日本語に訳してもらい、それをローマ字で書いてもらい、意味わからないまま読むもんですから、聞いていてもワケわからん箇所がたくさんあり、これまた爆笑です。

司会は、5月の仕事で少しお手伝いをいただいた落語家さんにお願いしました。
そりゃぁ、普通の司会者とは違い、笑わせる、笑わせる!
お色直しの間には、独楽(コマ)回しを披露してくださり、めったに見る事のない素晴らしい伝統芸にやんややんやの大喝采!

合唱仲間の登場に、花嫁も加わっての大合唱。

お涙頂戴の花嫁から両親への手紙・・・そんなこと、このあたしがするわけありません。
最後は花婿やっちゃんの挨拶で、ピシッと締めました。

あぁ、ほんとに楽しい一日でした。
あたしの思うまま、好きなようにやらせてくれたやっちゃんとやっちゃんの両親に、感謝です。

結婚式の翌日は「入籍記念日」です。
二人で役所に行って、婚姻届を提出しました。
ですので、10日と11日、両方をうちの「結婚記念日」としています。

式が終わり、ほっと息をつく間もなく、年賀状です。
「結婚しました報告」を兼ねての年賀状です。
これも、お決まりのよくあるパターンではない、こんなイメージで・・・というのがあたしの頭の中にありました。
写真を選び、仕事でお世話になっている印刷屋さんにあれこれと注文し、ほぼ、イメージ通りのものを作る事ができました。

そんな最高におもしろかった1996年から10年が経過したわけです。
ついこの間のようです。

11年前のあたしは、おそらく結婚することなく、仕事に没頭するオンナの一生を送るんだろうな・・・って思っていました。
だけど、やっちゃんと出会い、二人の生活を始め、仕事はほどほどに、私生活をもっと充実したいと思うようになりました。

本当に楽しいのです、やっちゃんとの暮らし。
なんでこんなにアホなんやろ、うちの夫婦・・・って思うこと、よくあるんです。
よくも、こんなおもろい人をあたしの目の前に登場させてくれたものだと、神だか仏だかご先祖だかに、心から感謝したい気分です。

なので、この二人の生活が、もっともっと楽しく、おもしろおかしいものであることを願うばかりです。

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季節の香り

子供の頃から、夏のギラギラの太陽が好きでした。
年頃になっても、真っ黒に日焼けする事を気にせずに、テニスだ、海だ、湖だ、信州だと、真夏の遊びを満喫していました。

そんな夏の太陽がパワーダウンする季節、9月は最も嫌いな季節です。
暑い日もあるけれど、あのギラギラほどの力もなく、朝夕がぐんと涼しくなり、過ぎ去る夏を惜しむばかりの、寂しくて寂しくて、しかたのない季節なのです。

以前、フランスの企業で働いていました。
その時、ユーザー向けのニュースレターを作っていました。
ちょうど9月、まだ編集が終わっていないのに、原稿が揃う前に「編集後記」を完成させていました。
そこに、9月は嫌いなんです・・・ってことをツラツラと書いていたんです。

原稿が揃い始め、フランス人の経理部長の原稿が手元に届きました。
彼の原稿にはこんなことが書いてありました。

ヨーロッパでは、9月はスタートの時です。
新しい年度が始まります。
夏の終わりと共に古い1年が過ぎ去り、いよいよ新しいことが始まるぞ!という気合に満ちた月です。
我々も気分を一新し、新しい事への挑戦に胸が躍っています。

みたいなことがツラツラと。
これ、あたしのコメントとあまりにも食い違っているので、あたしが身を引き、編集後記を書き直すか?とも思いました。
が、1枚のニュースレターに、こんな正反対の感想が書かれているのも、これ、外資系企業ならではのおもしろさでは?と思って、そのまま発行しました。

案の定、「フランス人は、こんな風に感じてるんやなぁ。まぁ、僕はさっちさんと同じ日本人やから、なんか9月は寂しいねん。でも、このチグハグ、おもしろかったわ」との感想をいただき、よっしゃぁ!と心の中でガッツポーズでした。

その9月が過ぎ去り10月。
行く先々でキンモクセイの甘い香りが空気に充満しています。
この匂いに包まれると、9月のあの寂しさに満ちた暗い心がカラッと晴れます。
そして、スッコ~ンと澄んだ青空の下、大きく息を吸い込みます。

秋です!
何を食べてもおいしい季節です。
色とりどりの自然が美しくなる季節です。
炊き込みご飯、焼き芋、焼き栗・・・
そして真っ赤な紅葉が見られるのも、間もなくです。
そう思うと、ウキウキと楽しくなります。

キンモクセイの香りが、こんなにも気分を変えて幸せにしてくれる事に感謝です。

学生のころ、キンモクセイの香りのコロンが流行りました。
友達の一人が、そのコロンを一年中愛用していました。
それはあかんやろ、ピコレットやあるまいし・・・・と心の中でつっこんでいました。
この季節になると、いつも心に浮かぶ思い出のひとつです。

懐かしの宇宙人

ドクトルウォッチング(その3)で紹介した、宇宙人・木村先生のお話しです。
宇宙人であるこの先生は、我々凡人の常識を全く無視するような事を、平気でやってしまわれるのです。

当時、研究室であたしと同じような仕事をしていた方が、結婚されることになりました。
木村先生も知っている方だったので、お祝いをしようと思われたのです。

Dr.K: 彼女の結婚のお祝い、いくらしたらいいかなぁ?

さっち: あたしは披露宴には行かないし、でもお世話になった先輩だし、1万円くらい包もうと思うんですけど・・・

Dr.K: あ、そう。僕は、そんなに付き合いが深かったワケじゃないから、3000円でいいかなぁ?

さっち: え?!3000円ですか? 先生のお立場でそれはちょっと・・・

Dr.K: それじゃぁ少なすぎる?

さっち: えぇ、まぁ・・・気持ちと言えば気持ちなんでしょうけど・・・

Dr.K: じゃ、4000円でいい?

さっち: なんですとぉ?!4000円?!それはあかんでしょぉ~~!!

Dr.K: なんで?なんでダメなんですか?

さっち: お祝いに「4」って数字、ダメに決まってるじゃないですか~

Dr.K: そうなの?どうしてかなぁ・・・・

さっち: 絶対ダメです!

Dr.K: ふぅ~ん、ダメなのか・・・じゃ、5000円かなぁ・・・

結局、いくら包まれたのかは知りませんが、放っておいたら、平気で4000円をお祝いに包むような、そんな人です。

ある時、投函しておくようにいわれた封筒、かなり分厚かったのです。
当時の封書の最低料金がいくらだったか・・・もう20年も前のことなので覚えていませんが、明らかにそれは、定量をオーバーしていました。
しかし、封書の郵送に必要な最低料金の切手が1枚、貼られていただけだったのです。

さっち: 先生、これ、かなり重いですよ?

Dr.K: そうですか?

さっち: これ、絶対追加料金、必要ですって。郵便局で計ってもらわなあきませんよ。

Dr.K: いいよ、いいよ、そのままポストに入れておいてください。

さっち: あかんって、先生!先方さんが追加料金、払うことになるじゃないですか。

Dr.K: そうなの?

さっち: そうですよ。そんなん、失礼じゃないですか。

Dr.K: ふぅ~ん、そうかなぁ・・・

さっち: そうですって!

Dr.K: じゃ、僕がポストに入れておくから、いいですよ。

誰がポストに入れても同じことなんですけど・・・
という凡人の忠告なぞ、どこ吹く風。
あとはどうなったか、知りません。

この木村先生に、先日手紙を書きました。
あたしの父が体調を崩し、ドクトルウォッチング(その5) で紹介したキショクワルイ先生の指導を受けているワケですが、別の病院でも診てもらいたいなぁと思ったわけです。
ただ、むやみやたらに知らない病院へ連れ行くのもよくないので、ずいぶんご無沙汰してはいるのですが、木村先生のお力を得られないものかと思い、手紙を書いたのです。
知り合いに専門の先生がいらっしゃったら、紹介していただけないかと。

今日、帰宅すると、先生からハガキが届いてました。
めちゃくちゃ懐かしい、読みにくい字でした。
毎年年賀状を下さるのですが、その宛名はパソコンで出力しているし、宇宙人なので年始に手書きで一言あいさつ・・・なんてことをするはずもないし。
手書きのあの文字を見るのは、何年ぶりでしょうか。
内容は、とりあえず詳細をまた知らせてくれということだったのですが、お愛想の一つもない、そっけない文面。
それも昔とまったく変わりないなぁと、思わず笑みがこぼれます。
返事をくださっただけでも「恩の字」ってやつです。

そのハガキというのも、旅行に行った時に買ったのか、それともどなたかのおみやげでもらったのか、中国の故宮博物館の絵葉書です。
そういえば、昔も、ちょっとした連絡に、そういった絵葉書を使っていらっしゃったことを思い出しました。

いろんなことが思い出され、懐かしさで胸がいっぱいになりました。

と同時に・・・笑いがこみ上げてきました。
やられました・・・

郵便局の通信事務のハガキがペロリとテープで貼られています。
「70円の料金不足です」と。

このハガキ、通常のものよりサイズが大きかったのです。
普通のハガキなら50円切手でよいのです。
当然のことながら、先生は50円切手をペタンと貼ってくださったのです。
が、このハガキは定型外だったのです。

宇宙人に、そんな日本の常識がわかるはずがないのです。
これで良いのかな?って疑うことすらないのです。
20年前も、そしてこれからも、ずっとこんなままなんでしょう。

こんな宇宙人が知り合いにいるってのも、おもしろいじゃないですか。一生このままでいていただきたいと思いますね!

ヘンリー、今なら・・・・

あたしが英会話スクールを去って約半年くらいだったでしょうか。
後を引き継いでくれたゆうこ先生から電話がありました。
ヘンリーさんがまた事故に遭い入院しているとのことで、一緒にお見舞いに行くことにしました。

病室のヘンリーさんは、前回の事故の時とはずいぶん様子が違い、すっかり元気なく、ベッドに横たわったままでした。

S:ヘンリーさん、こんにちは。ご無沙汰しています。さっちですよ!

H:えっと・・・どちらさんでしたかいなぁ?

Y:ヘンリーさん、ゆうこですよ。こんにちは。ケガはどうですか?

H:あぁ・・・どこかでお目にかかりましたかいな・・・

S&Y:英会話スクールの、さっちとゆうこですよ。

H:あぁ、受付の・・・

この時、初めて人間の「無常」の姿を目の当たりにしました。
あたしは祖父母を早くに亡くしていましたので、生まれて初めて、老人のこのような姿に出くわし、ただただショックでした。
あんなにラブコールを送ってくれたヘンリーさんが、このあたしのことを認識してくれないだなんて、どうしても納得できませんでした。

ゆうこ先生と二人、言葉を無くし病院を出て、喫茶店でお茶をしながら一緒に泣いたことを覚えています。

それから間もなく、ゆうこ先生もスクールを去り、ヘンリーさんがその後どうなったかわからないまま、今日に至っています。

ご自宅に電話をしてみたい気もします。
だけど・・・聞きたくないことを聞くかもしれません。
あるいは、ウソのように復活したあのヘンリー節に、またもや巻き込まれるかもしれません。
いずれにしても、この強烈なじいさんの事は結論を見ることなく、大切な、大切な思い出として、このままずっと心に残しておきたい思っています。

今でも十分に成長したと言えるわけではありませんが、当時はほんとに未熟でした。
一生懸命すぎて、イレギュラーな事を受け入れる余裕がありませんでした。
ガンコで融通がきかず、そのイライラをどうすれば良いのか、答えを見つけることができませんでした。

だけど10年以上が経過し、少しはあれこれの経験を重ねた今のあたしなら、もっと違った見方でヘンリーさんと向かい合うことが出来る気がします。
もっともっと優しくなれる気がします。
さすがに、ドライブはお断りですが、食事や贈り物を喜んで受け入れることができる気がします。

まだボケているわけではありませんが、年老いていく両親を見るにつけ、再び人間の「無常」を実感しています。
自分自身も、昔と同じようにはできないことが増えていることを痛感します。
みんな、こうして年を重ねていくのだなぁと、つくづく感じるわけです。

ここ数年、敬老の日が近づくと、いつもヘンリーさんを思い出します。
あの頃は「軽老」とでもいいましょうか、老人を敬うという感覚があまりなく、ただ長生きしている人、という軽い認識しかしていなかったように思います。
若気のいたり、と言ってしまえばそれまでなのですが。
ですので、「反省する機会」と、「こんなにも楽しい思い出」をくれたヘンリーさんのことを、どこかに書き留めておきたくて、ここで紹介いたしました。

数々いただいたコメントの中で、映画化すれば?なんていう夢のようなお話しがありました。
考えてみました。
もし、夢が現実になったとしたら、配役どうする?って。

ヘンリーさんは、飄々とした好々爺でなければなりません。
顔かたちはずいぶん違いますが、大滝秀二さんなんてどうでしょうか。
あのなんとも言えない風貌。
まわりに漂う匂いは、ヘンリー役にピッタリです。
が、関西弁はどうだろうと考えると、寛平ちゃんや仁鶴さんが候補に上がってきました。
とにかくマイペース、イヤミがなく、かわいらしい。
そんなおじいちゃんを演じてくれる関西人、他にもいませんかね?

そして、さっち先生を演じる女優はと言えば・・・・
以前、トミタはんというおっさん友達のことを紹介しましたが、トミタはんがあたしのことを、藤山直美のようだ・・・と言ったことがあります。
顔が似てるわけではありません、誤解のないよう、ハッキリ宣言しておきます。
体型も・・・昔はあんな感じだったかも・・・今は、ほれ、ダイエットいたしましたものですから、あたしの方が細身なのです。
でも、確かにあたしも少し、姉のように感じることがある直美さん、さっち先生役はいかがでしょうか。
あるいは、もう少し若いところで考えると、オセロの中島知子さんがやってくれると、嬉しいかもしれません。
彼女も京都人です。
つっこみのタイミング、しれ~っとした目の表情、是非ともあの感じでお願いしたいと思いますね。

8回にわたり、どっぷりとヘンリーさんの世界を紹介して参りました。
これにておしまいとなります。

さて、次、何を書きましょう・・・
これほどの衝撃の後で、何を書いても色褪せて見えそうです。

~完~

ヘンリーⅦ

「死ぬまで車に乗りまっせ!」と鼻息荒く話していたヘンリーさんでした。
しかし、やはり・・・事故が起きました。
家族の方から、授業をしばらく休みますとの連絡がありました。
話しによると、ケガは大したことなく、本人もいたって元気にしてるということでしたので、一安心でした。
2週間ほどして、ヘンリーさんご自身から電話があり、次週より授業に出席するとのことでした。

さて、スクールにやって来たヘンリーさんは、骨折した腕を白い布でぶらさげ、おでこにも切り傷がありました。
だけど、足取りはしっかりしていたし、話す声も元気一杯。
あぁ、ほんとにこれだけのケガで済んだんだ・・・とホッとしました。

S:事故、大変でしたね。気ぃつけて運転してくださいね。

H:それがね、先生、事故いうもんは、ほんまに一瞬の出来事ですなぁ。

S:ほぉ、そういうもんですか。

H:一時停止の場所やったんです。で、わたしがブレーキ踏まなあかんなぁって思った瞬間の出来事やったんです。

S:一時停止の線、越えてしもたんですか?

H:ん~~~あれ・・・、越えてたんかなぁ。とにかく、ブレーキ踏まなあかんと思ったその時にね、横からならず者が出て来よったんです。

S:それ、ヘンリーさんが止まらなあかん、一時停止やったんでしょ?

H:はぁ、そうです。そやから、ブレーキ踏まなあかんなぁって思ったんです。

S:てことは、一時停止やのに、ブレーキ踏んでなかったんですか?

H:そうですねん。そしたら、そいつがわたしの車の横っ腹に、ド~ンとぶつかりよったんですわ。

S:そのならず者が?

H:そうですねん、そのならず者がド~ンと。

S:ちょっと待ってくださいよ・・・ならず者は、ヘンリーさんじゃないですか~!!

H:なんでですか?

S:一時停止を無視して、ラインを越えてしまったのはヘンリーさんでしょ?止まらなあかんかったのはヘンリーさんでしょ?

H:はぁ、そうゆうことですけど、踏まなあかんなぁって思ったんですよ。

S:思ったのが遅すぎる~~!!

H:まぁ、そぉゆぅことですかなぁ。

S:ヘンリーさん、もう運転、やめなはれ!

H:先生まで何を言わはりますのや。死ぬまで運転、やめまへん!

S:先生までって・・・・ご家族の方も言うたはるんでしょ?

H:あいつらにはわかってませんのや。

S:いやいや、わかってへんのはヘンリーさんやし・・・・

いささかションボリした風ではありましたが、ケガが良くなった頃には、また運転をしていたようです。
琵琶湖一週のドライブ、行かなくてよかった・・・と胸をなでおろしました。

こうしてヘンリーさんは復活し、相変わらずのレッスンが再び続きました。

初のご対面から3年余りが経った頃でしょうか、あたしは英会話スクールを退職し、新しい世界へと一歩を踏み出すことになりました。
退職することを告げた時、ヘンリーさんはまた目がテンになり、固まってしまいました。
憎たらしくもあり、かわいらしくもあるこの翁のウルウルした目を見た時、何とも言えない寂しさを覚えました。

これでヘンリーさんとの戦いに、ようやく終止符を打つことになりました。
が、ヘンリーさんと最後に会ったのは、退職してから約半年後のことでした・・・

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★さっち★

Author:★さっち★
京都のさっちでございます。
おなじみ「ピンクのぶた」!
幸せのおすそ分け、したりされたり・・・
という思いで、昔と同じ
【Glucksschewein】です。

 

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