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ババエ?!

トミタはんという友人がいます。おっさんです。正真正銘のおっさんです。
トミタはんは不思議な人で、大して上手くもない英語でのコミュニケーション能力に長けています。

トミタはんと初めて会ったのはもう10数年も前のこと。
当時、京都に住んでいたアメリカ人のジョンという友人のホームパーティーに来ていた、けったいなおっさんがトミタはんです。
山ほどのギョーザを手土産に、まわりの外国人たちとあれやこれやとしゃべってるけど、よぉ〜く聞くと、それほとんど日本語ですから。。。
でも、なぜか、外国人たちはちゃんとトミタはんとコミュニケーションできてるのです。
不思議な力を持った人です。

ジョンとトミタはんの出会いは?というと、仕事帰りのジョンが、見知らぬ酔っ払い群団に拉致されて、連れて行かれたところが飲み屋だった。その群団の中にトミタはんがいた、ということだったらしいです。
あまり日本語がわからないジョンは、最初は恐怖さえ感じたということです。
それ以来、トミタはんとジョンはとっても仲の良いお友達になりました。
今は東京で働いているジョンに、時々会いにいくトミタはんは、真にこまめなおっさんです。

トミタはんは、相変わらず次々と外国人の友達を作っているようです。

今回知り合ったお友達は、4週間という長いホリデーを京都で過ごしている、フィリピン系アメリカ人のエドガー。
エドガーがあるカフェの片隅で、一人ビールを飲んでいると、横にやってきたのがトミタはん。
その瞬間から、二人はお友達です。

今は仕事を勇退し、のんびりの生活を送っているトミタはんですので、エドガーは恰好の餌食となったわけです。
ちょうど京都や大阪でお祭りが続いていたので、あれもこれもと、トミタはんに連れまわされたエドガー。
「今回のホリデーは、とても印象深いものになった」と喜んでいました。

先日突然連絡があり、その二人の宴にあたしも参加することとなりました。
相変わらず、ええ加減な英語だけれど、ちゃんと通じるところが素晴らしい。ほんとにこれはすごいことだと今更ながらに感心しました。

トミタはん、ちょっと疲れてくると、日本語オンリーでアホな事をまくしたてて、「はい、エドちゃんに通訳しといて」と人にふってきます。
まったくお気楽なおっさんです、本当に。

あたしの語学力も、元々大したものではありませんでしたし、ここ数年は英語を使う機会もほとんどなくなり、日ごとに錆付いてきていることを実感しています。
言いたい事がスムーズに言葉にならないもどかしさを感じながらも、エドガーとの楽しいひとときを過ごしてきました。

エドガーに教えてもらったタガログ語(フィリピンの言葉)です。
「おはよう」は「マガンダンオマガ」。
“マガンダン”というのが“good”とか“beautiful”という言葉にあたるらしいです。

エドガーは、日本での正しいマナー、そう、あたしに対する正しい接し方を理解していたようです。
「You are マガンダンババエ」と優しい瞳で見つめながら言うのです。

バ・バ・エ?!?!?!

「マガンダンババエ」というのは“pretty girl”の意味なんだそうです。

トミタはん、横でケラケラと笑っています。
「ババエ〜、こら、ええ言葉やなぁ。
うち、かいらしい『ばばぁ』えぇ〜ってことやなぁ」ですと。。。。

なんだか、なんだか・・・です。

エドガーは来週、サン・フランシスコへ戻ります。
来年は、トミタはんがエドガーに会いに行くらしいです。
「ババエも一緒に行くか?」とのお誘い。
はてさて、どうしましょうかね。

こんな何気ない飲み会ですが、いいですね、国際交流って!

おでぶの禁忌

体格の良い女性とすれ違うと、「あたしもあのくらいだったなぁ」とか「もうちょい太ってたかなぁ」とか、いろいろ思うわけです。
もう二度とこれ以上太りたくないと思いますが、太っていることを否定するわけではありません。
だけど、だけど・・・目に余るおでぶを見ると、言いたくなります。
あたしは、自分自身でおでぶちゃん暦が長かったから、こういうことを発言しても許されるはずです。
「だらしのないおでぶはみっともない!」

あたしの「おでぶ期」、それはそれは長い年月でした。
その間、身なりや振舞いには気をつかっていました。
着飾っていた、という意味ではありません。みっともない風に見えないように、という日頃の注意です。

タイト系のスカートやパンツをはく時、下着のラインがうつっていたり、お尻のお肉が2段に分かれてポヨポヨしていてはいけません。
「ヒップアップ」力の強い下着でキュッとお尻を引き締めます。(引き締まりきらないのが現実なのですが、気の持ちようです)

太ももが太いからって、電車で座った時にお膝が開いてはいけません。
意識してお膝をくっつけます。

電車の中で、スナック菓子をバクバクと食べてはいけません。
お腹がすいても、しばらくの時間しんぼうするクセをつけます。

歩く時、足を開いてペタペタと音を立ててはいけません。
急いでいてもできるだけ静かに、「エレンガント」な気持ちを忘れずに歩きます。

うつろな目をしたり、口を半開きでぼぉ〜っとしてはいけません。
お口をキュッと閉じて、お目々はパッチリ、お顔に緊張を忘れないようにします。

ダラダラとしゃべってはいけません。
人と話す時は、相手にわかるようにハッキリ話します。

太っていることを悲観してはいけません。
おでぶであることを逆手にとって、ポジティブに自分のキャラにしてしまいます。

こんな、ちょっとしたことに気を配るだけで、自分の意識も変わるし、人が見る目も変わります。
ただのおでぶではなく、健康的な『かわいいおでぶちゃん』になれるはずです。
加えて、服装やお化粧、髪型にも少し心を配るだけで、『きれいなおでぶちゃん』にだってなれるのです。

太っているからといって、どうでもいいの・・・と思ってしまうと、もう終わりです。
若い女の子でさえも、『おっさん』なのか『おばはん』なのかわからないような風になってしまいます。
人目にふれる面積が大きいのですから、小さい人に比べて、どうしようもなくだらしなく見えてしまうということが、簡単に起こってしまうということ、忘れてはいけません。

痩せる気がないのなら、前向きにかわいいおでぶちゃんになりましょうよ!
女の子であることを忘れずにいましょうよ!

なんてエラそうなことを常に思うワケですが・・・・
休日の我が家の玄関のベルを、突然鳴らさないでください。
出かける予定のない日のあたしは、居留守を使いますので。
痩せたとはいえ、人にお目にかかれないほどに、とんでもなく、だらしなくみっともない姿で過ごしていますので・・・



テーマ:雑記 - ジャンル:日記

下心撃沈

3台目のデジカメを買いました。

1台目を買ったのはもうずいぶん前のこと。「そんなにデカイの、今は売ってへん」って言うくらい、デカくって重い。
持ち歩く時に使う単三電池、すぐにへたってしまう。
今どき、こんなデジカメ・・・と言うような代物です。
だけど、けっこうあたしは好きです。液晶モニターがクルリと180度回転するので、自分で自分の顔を撮る時にとっても便利なのです。
モニターを見ながらちゃんと枠の中に顔をおさめ、いい表情を作り、目線だけそっとレンズに向け替えて、シャッターを押す。
新しい小型のデジカメにはできない技です。
とは言うものの、自分の顔写真を撮って、ブログにアップして、ネットアイドルを目指す!というわけでもあるまいし、いったい何の役に立つのでしょう?

2台目を買ったのは2002年の春先だったかと思います。
当時、派遣社員として勤めていたカメラのメーカーが、最新の小型デジカメをリリースしました。
その時の広報活動に、ほんの少しだけ関わるお仕事を担当していたこともあり、関係者ラッキーで、わずかですがお得に購入することができました。
確かに小さくて持ち運びには良いのですが、いざ使ってみると、アレ?こんなはずでは・・・ということも少しありました。
それでも、小さなボディはかばんの中で邪魔にならず、お出かけする時に、かなり活躍してくれました。

先日、3台目を買いました。
手振れ補正機能が付いている品物です。
時代とともに、いろいろとカメラも進化しているものです。
以前の物に比べて液晶モニターが大きく、ボタンの位置なども手になじみやすく、うちのやっちゃんはえらく気に入っています。
この手振れ補正機能、かなりのものです。
わざとカメラを揺らしながらシャッターを押しても、それなりの静止画像が撮れました。

偶然にも、この手振れ補正機能を開発された方を知っています。
先日お会いした時に、カメラを購入したことを報告し、そのすばらしい機能について誉めまくってみました。

さっち:「あれはすごいです!あんなに揺らしてもブレませんでした〜」
開発者:「それはよかったです」
さっち:「さっすが!ですね〜」
開発者:「ありがとうございます」
さっち:「またすごいのん、開発してくださいね!」
開発者:「がんばります」
さっち:「ウチ、夫婦で一台ずつ持ちたいんで、一台ちょうだい!」
開発者:「・・・・・」

ここで「よっしゃ、まかせとき!」と一台プレゼントしてくださったなら、このブログを介して大宣伝プロジェクトを展開して差し上げるのに。
・・・って、そんな事しなくても、充分売れているようですが・・・

満面の笑みでおねだりしてみましたが、失敗に終わりました。
開発者たるもの、オンナの下心に満ちた笑顔なぞに、まったく興味も示さず・・・といったところですかね。
ちっ!

損?得?

あたしは毎日、朝の5時半ごろに起床します。一応目覚まし時計が鳴るようにセットはしていますが、たいていベルが鳴る前に目をさまします。

休日の朝も、だいたいその頃になったら目が覚めてしまいます。
休みの日は昼まで寝てる、という人がいますが、あたしはそんな時間まで寝たことがありません。
放っておいたらいつまででも寝ているやっちゃんを、いつも恨めしく思うわけです。
気持ち良さそうに寝ているのを見ると、早起きして損した!って気分になります。そして、起こしたくてしかたのない衝動にかられることもあります。

子供の頃からそうでした。
日曜の朝、両親は「8時までは起こさんといてや」と言いました。
小さなさっちは退屈です。
しかたがありませんから、日曜日の朝は読書タイムです。
あの頃のあたしは、本当にたくさんの本を読みました。
おかげでいろんなことを空想するクセがついてしまい、目を覚ましてきた母に夢々しいお話しをするもんで、「あんたは『夢見るこぶた』やなぁ」と母によく言われていました。
読書も好きだったわけですが、とにかく当時は『こぶた』だったわけですからお腹がすくわけです。8時に起きた母が朝食の準備をする、その時間が待ち遠しくってしかたないのです。
『こぶた』は考えました。「あたしが作ったらええねんや!」と。

まだ小学校の1年か2年の『こぶた』だったのですが、日曜日の朝のお味噌汁と玉子焼きを作りはじめました。お漬物を切りそろえ、納豆をグチャグチャまぜて用意をしておきました。そうすれば、両親やお兄ちゃんが起きてきたら、すぐに朝ご飯が食べられるわけです。
少々失敗したことがあっても「さっちが作ったお味噌汁は、ほんまにおいしいな〜」という父のウソの言葉に踊らされ、毎週、毎週、同じことを繰り返していました。料理好きになったルーツは、ここにあるのだと思います。

そして大人になったあたしも、こうして休日の朝だというのに早くに起きて、パンを仕込んでいるわけです。
何十年たっても変わらないものです。あたしの血には「早起き血球」が流れているのでしょうね。

たまには、「あっ!アッコにおまかせが始まってる!」なんてことがないかな、って思うのですが・・・

早起きは三文の得。
果たして、あたしにとって『得』だったのか『損』だったのか、どうだったのでしょう。

ふたたび捧げちゃいます

先日、本家:さっちの日記(ぶぅぶぅ・ものろーぐ)でネタにした友人が、こちらのブログまで覗きに来てくださった模様。
敬意を表して、こちらにもコピーしておきます。


ブーに捧げる「たいたん」(本家日記:070706)

「ブー」というのは、昔所属していた合唱団の先輩氏。先輩なんやけど、呼ぶときは「ブー!」
2年ちょっと前に、大学関連のイベントで約20年ぶりに再会して、以来、数ヶ月に1回ぐらい「飲みに行こか」と誘ってくれはります。
誤解のないように言うときますけど、この日記のタイトルとは全く関係あらへんの。
あたしも昔からぶぅちゃんキャラやったし、かわいらしくひらがなで「ぶぅ」と表記してます。

「たいたん」というのは煮物のこと。「〜したもの」のことを関西では「〜したん」という。
だから煮たもの、炊いたものはすべて「たいたん」。なぜか「煮たん」とはあんまり言わへんなぁ・・・
以前に東京の人が、「大根のタイタン」って、エスニック風のサラダみたいなものなの?と聞かはりましたけど、耳慣れへんかったらそんなイメージを持たはるんかなぁ。

夕べブーと、同じくその当時からの女の子友達(まぁ、女の子ゆぅても、もうアレですけど・・・)と3人で飲みに行きましたん。
最近、飲み屋さんのメニューで「小芋のたいたん」とか「茄子のたいたん」と書いたんをよく見るねんけど、ブーはそれを見るたびに「俺はこれ、気にいらん」と怒らはります。
「たいたん」てゆう表現はあくまでも口語なんやから、字ぃにしたらあかんのや、と。

そんなん勝手に言わしといて、女の子2人で、おいしいもん、いっぱい食べました。
小芋の揚げたん、かぼちゃのたいたん、きゅうりの漬けたん、ゴーヤのゴマだれで和えたん・・・

鱧のおとし。なんでこれは「おとし」なんやろ?という論議。
熱いお湯にポトンと「落としたん」?
要するにそれって「鱧の湯がいたん」「鱧の茹でたん」?
「おいおい、やめろ!鱧がブヨブヨになるやんけ〜!!」

この文章、ブーに読ましたろ〜
ブー、どうえ、このさっちの「書いたん」。
やっぱり口語は字ぃにしたらあかん?

ブーがキィ〜ッってなって頭かきむしってる姿が目ぇに浮かぶわ。

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

NEVER O-DE-BU AGAIN

ある方のブログで「美しくなりたい女性を応援したい」という記事を読み反応してしまいました。

生まれた時から大きかったあたしは、そのまま順調に成長を続けました。兄とケンカすると、いつも「ブタ!」と呼ばれ、小学校でのあだ名も「さちブー」。
誰の目にも、おでぶちゃんに映っていたのは間違いありません。
だけど、やわらかいおでぶちゃんではなく、カチッと密度の高い、元気で健康的なおでぶちゃんでした。
その「おでぶ度」が、自分で好きだったように思います。

いわゆる「としごろ」の頃に、「小さい人はかわいいなぁ」という、小柄への憧れが多少は芽生えました。
だけど、それでも、あたしはあたし、これでよろしい!と思っていました。
身長160センチのあたしが65キロを超える頃までは。

幸いなことに、体重ほどに太くは見えていなかったみたいです。
仕事柄、スーツをピシッと着ることが多かったのです。当然のことながら、紺とか黒とかタテ縞だとか。
スカートの丈は膝よりちょっと上、短めでした。
足が太いのは充分承知ではありましたが、中途半端な長さだと、余計にふくらはぎのデカさが強調されるのです。
なので、いつも膝から下を思い切って出して、5センチ位のヒールのパンプスを履いていました。
そんな格好のおかげでしょうか、実際の体重を人に言うと、びっくりされることが多かったです。

いつの頃だか65キロを超えた時、「四捨五入したら70か。70キロは超えたらあかんよね」と、自分なりのMAXを設定したわけですが、もう充分に重いわけです、その時、すでに。
そして、家にあったアナログな体重計に乗ると、針が70の前後でビヨンビヨンと揺れて、70という数字のわずか、ほんのわずかだけ左に止まる、という状況に至りました。
「これを超えなけりゃ、大丈夫!」

4年前のちょうど今頃だったと思います。
友達に会いました。約3ヶ月ぶりだったかと思います。彼女、あたしより幾分かふくよかな女性だったのです。
ところがその日、目を疑いました。

え?!どうしたん?体調悪いのん?え〜〜?!この3ヶ月の間に何が起きたん??

彼女の顔の大きさが半分くらいに見えました。ほんとうに驚きました。
からだ全体も細いのです。だけどとっても元気なのです。

その瞬間、「安心できるおでぶ友達」というカテゴリが音をたてて崩れ去り、あたしは彼女を「師」と仰ぎ、追っかけるようにダイエットの道を歩き始めたのでした。
それまでは、「ぶぅちゃんキャラ」を売りにしていたあたしですが、こんな奇跡を目の当たりにしたら、ほうっておくわけにはいきません。
ずっと眠り続けていた「細身願望」が急に目を覚ましたのでした。

そしてその年の年末には10キロを超える減量、年が明けてからも少しずつ減り続け、最高で15キロの減量に成功しました。
もちろん、健康そのもの。体調をくずすこともなく、皮膚がブヨブヨになることもなくです。

あの頃の洋服は、サイズのお直しに出したり、フリーマーケットで売ってしまいました。
もう大きな洋服、うちにはほとんど残っていません。
今はいているジーンズがちょっとキツイな、と思う時は要注意のシグナルが出ているわけです。
少し用心して、調整をします。でなければ、イーストを含んだ小麦のように、また膨れてしまう体質のようですから。
おかげさまで大きなリバウンドもなく、だいたいいつもその辺の数字を・・・はい、その辺の数字です、保ち続けています。

正座できる時間が長くなりました。
普通に吊るされている洋服を買うことができるって、とっても楽チンだということを知りました。

あたしが「師」と仰ぐ彼女、以前はいつもTシャツにジーパンだったのですが、痩せてからはとってもおしゃれになりました。
いつもノーメイクだったのに、きれいにお化粧をするようになりました。
そして、今では、ダイエットしたい人、きれいになりたい人たちを応援する、そんなお仕事をされています。
彼女はダイエットしたことで、人生がガラリと変わりました。
とっても大きなな自己改革だったのです。

あたしはと言えば・・・・あんまり何も変わってないかなぁ。。。

一生に一度

王監督の手術が無事に終わり、やれやれ、よかったよかった、と思ってる方々が日本中にいらっしゃることと思います。
あたしは、別に野球に興味があるわけではありませんが、子供のころから、なんとなく王さんは偉大な人だったので、やはり、よかったよかった、と思う一人です。

そして、約2ヶ月半前の出来事を思い出しています。

今年のゴールデンウィーク、あたしは一生忘れることのない体験をしました。生まれて初めて入院し、生まれて初めて手術をしました。

王さんのように大変な病気ではなかったのですが、ここ数年、そいつが悪さするために体調がすぐれないことも度々ありました。なので、意を決して切ってしまうことにしたのです。

大した病気ではないといっても、手術は手術。あたしの場合はスパッと開腹いたしましたもので、大きな傷ができてしまいました。おかげで、今までに一度も身につけることのなかった「ビキニ」ってやつ、一生身につけることもなく終わる事になりそうです。

手術の前日には、あれやこれやの準備がいろいろとあるものです。「二度とこんなこと嫌やわ〜」と思うようなあんなことやらこんなこともあり。当日の朝も、バタバタのうちに手術室へ運ばれていき、あとはまな板の上の鯉ってやつですね。

今回の事で知ったことは、あたしは痛みに弱い!
というか、普通の人と感じる痛みが違うらしいことがわかりました。

手術を決意するまで、月に一度の注射による薬物療法も試していたこともあるのですが、その注射、筋肉注射ってやつですね。「これ、痛いですけどがまんしてくださいね」と毎度、毎度、看護士さんに言われるのですが、あたしはケロリとしていました。「男の人でも、うなり声をあげはるんですよ」と言われても、痛くないものは痛くないんです。

そういえば、年に一度の定期健診、バリウムを飲んで胃の検査をする時、胃の動きを止めるための注射を打ちます。これも筋肉注射で一般的には痛いと言われています。が、いつもあたしは、ケロリとしています。

朝の9時からの予定の手術の直前、8時に胃の動きを止める筋肉注射、8時半に軽い麻酔作用のある筋肉注射、「痛いけどがまんしてください」と予め知らされていたのですが、これも両方ケロリ。

「さっちさんは痛みに強いみたいやね。これなら手術の後も大丈夫やね、きっと!」と看護士さんに言われ、イェ〜イとやっちゃんにピースサインを残して運ばれていったのです。

2本目の注射がかなり効いていて、手術室に入った時はすでに意識が朦朧としていました。
が、しかし、硬膜外麻酔ってやつの注射、背中に打つのですが、意識が薄れているのにめちゃくちゃ痛い!「い゛〜だ〜い゛〜〜〜」ってうなっていたことを覚えています。その直後、マスクをつけられ2、3度息を吸って・・・・気づいたら全て終わっていました。

病室に戻ったのは12時前、待っていてくれたやっちゃんに「もう仕事言ってもいいよ」と話したあと、うつらうつらと眠り、次に目が覚めた午後2時頃から、戦いが始まりました。

なんだか腰がだるい・・・いや、だるいじゃなくってこれは痛いんだ。いやいや、痛いどころの話しとちゃうって、めちゃくちゃ痛いっちゅうねん!
という感じで、胴体全部がどうしようもない痛みに包まれました。あまりの痛みで息がハァハァなってしまい、過呼吸のために手や足がしびれてきました。もう、何がなんだかわからなくって、パニック状態に陥っていました。

背中に通したチューブを通して痛み止めの薬を注入すると、ふぅ〜とその痛みがやわらぎました。しかし、1時間するかしないかのうちに、またあの痛みがやってきます。痛み止めの薬の注入は、最低1時間以上経ってからでないと使用してはいけないということで、それからは時計とにらめっこ。あと15分のがまん・・・10分・・・1分・・・やっと注入できる!

こんな戦いが一晩中続きました。一睡もできないまま朝を迎え、翌日も戦いが夜まで続きました。

手術翌日にはすでにベッドを降りて、病室の中を歩く練習も始まりました。ベッドのまわりを行ったり来たりして、疲れて眠ってしまいたいと、心底思いました。だけど、夜に眠り薬をもらって飲むまで、眠る事はできませんでした。

「あらぁ、さっちさん、痛みに強いと思ってたけど、あかんかったねぇ。大丈夫、大丈夫、たまにはこんなに痛む人、いたはるのよ。すぐに楽になるから、もうちょっとがんばって!」と看護士さんに励まされるものの、もうグッタリ、どうにでもしてくれ・・・と天をうらみながら、薬の力でようやく一息つくことができました。

こんなにうるさく「痛い、痛い」っていうやつは、たまにしかいたはらへんのか・・・?なんであたしがその一人になってしまったのでしょう。

次の日、目が覚めてからも恐怖です。時計とにらめっこ・・・まだ痛みが来ない、まだ来ない・・・あれ?もう何時間?全然痛くない?昨日の悪夢のような痛みはいずこへ?

もちろん、普通に歩くことはまだできないし、寝返りの度に「い゛ででで・・・」とうなってはいたのですが、あのどうしようもない苦しみはウソのように消えていました。

これがあたしの【手術:2日間の戦い】です。
一生に一度でもうたくさん!二度とあんな思いはしたくありません!

が、元通りの生活を送っている今にして思えば、良い経験だったと思います。いつも傲慢に生きているくせに、「ごめんね」「ありがとう」って何十回、何百回と口にして看護士さんたちのお世話になったのです。あの感謝の気持ちは、忘れてはいけませんね。

王さん、今日で2日目。手足がしびれるほどの痛みに苦しんだはる頃なのでしょうか。それともほとんど痛みを感じずに済んだ人だったのでしょうか。
一日も早く回復されますように・・・

えらい長い文になってしもたなぁ。。。

コンチキチン

今日の京都は雨が降ってます。祇園祭の山鉾巡行だとういうのに。

子供の頃、母が「鉾の巡行の日ぃは、雨が絶対降らへんことになってるねんよ」と言っていましたが・・・
大人になってから、「あら、今日は巡行やのに、雨やんか!」と思ったことが何度かあったように思います。
せっかくの休日とかさなった今日の巡行、楽しみに京都へ出かけた人も多いのではないでしょうか。残念!
でも、雨がふっても、やっぱりあの雅でうっとりするような風景を、十分に楽しめると思います。

もう15年くらいも前のこと、そのころあたしは、京都の四条河原町の角っこにあるビルの4階で仕事をしていました。
何がすばらしいって、その職場は山鉾巡行を見物する最高のスポットだったのです。
交差点の真ん中で、あのでっかい鉾がゆっさゆっさと揺れながら90度回転する辻回しも、全部見えちゃうわけです。
その時には、あのコンチキチンのお囃子が早いリズムに変わり、見物している者たちも興奮の中、手に汗を握りながら、無事に辻回しが行われるように見守るのです。
回転が終わると、またゆっくりしたお囃子に戻り、何事もなかったかのように河原町通りを上がって行くのです。

あの特等席でこのお祭りを見物することはもう二度とないのですが、この日がくる度に思い出します。
ビールを飲みながら、スナックをつまみながら、一緒に仕事をしていた外国人達に浴衣を着せて、なんと楽しいお祭りだったことでしょうか。

また街まででかけて巡行を見物したいかと問われれば・・・・
いや、もうけっこう。
あの特等席の味を知っている人は、死ぬほど蒸し暑い四条河原町の人の波にもまれながら祭りを見る気にはなれないのです。

家で扇風機をまわしてコーヒーでも飲みながら、ボォ〜っとテレビでこの巡行を見守るのがラクチンです。

テーマ:*:.。☆..。.お祭り*:.。☆..。. - ジャンル:日記

見えてきたでぇ。。。

ブログってやつ、気になりながらも無視し続けてきました。
だけど、なんとなく登録して、なんとなく立ち上げてみました。

やっぱり、「やってみんとわからん」というやつですね。
いざ自分で始めてみると、これ何? これクリックしたらどこ行くの?っていうのがいろいろあります。

いわゆる「ブログ」ってやつがこんなにも大はやりするのも、納得できますね。

HTMLを全く知らなくっても、字をでっかくしたり、色を変えたり、絵文字まで簡単に使えちゃうのですね。
こりゃぁ、誰でも簡単に始められるもの、やってみたくなる人がワンサワンサといたっておかしくないですね。

あたしの「ブログ」の解釈は、単に「日記とBBSが一体化したもの」というものだったのですが、そうではないようですね。
実に「WEB」そのもの、つまり本当にクモの巣のようにあれやらこれやらが繋がっているのね、ていうのが今思うことです。
ブログの提供サイトによる、いろんな角度からの各ブログへのリンク、それぞれの記事同士のリンクの貼りっこ。
とにかく、ちょっと積極的になってみれば、訪ねてみようと思うブログ候補が山のように現れる。
そして、あちらこちらを訪問すれば、自動的に自分の足跡を残してきて、その足跡をたどって、また誰かが自分のところへ来てくれる。

なんとまぁ、ブログってこんなモンだったのですね、と今にして感心しています。
けっこうおもしろいモンなのですね。

だけど、何が困るって。。。。
ふと気づくと、めちゃくちゃ沢山の窓が開いていて、タスクバーがえらいことになっている!

不要の窓は、ちゃんと閉じながら次へ進みましょう。。。

Saint-Sebastien

サン・セバスチャンサン・セバスチャンというのはスペインの地名で、石畳が美しい港町だそうです。その石畳を市松模様で表現したお菓子がこれ!ケーキ教室で作ってきた作品です。
どうやって作るのか、やってみればどうってことないのですが、最初に思いついた人はエライ!
石畳といえば、スイスのジュネーブでも「パヴェ・ドゥ・ジュネーブ」とネーミングされたチョコレートがありました。平たい、四角くカットされたチョコレート。 石畳菓子は、日本で言うなら「瓦せんべい」といったとこでしょうか。ん〜〜〜ちょっと違うか?


そうそう、後になって思い出しました。
西洋の「瓦せんべい」は『チュイール』っていうのがあるやん!

テーマ:手作りお菓子 - ジャンル:趣味・実用

「ブログを始めた動機」

とにかく、どんなものか試してみたくって、つい数時間前にブログを立ちあげたばかり。
数年前にはHTMLを学習し、こまめにホームページを作っていました。
今では、そのホームページ作りが仕事の一部となり、また職場以外でも依頼をうけて作ることもあります
ところが、自分のホームページとなると、もう面倒で・・・
デザイン考えたり、いろんなスクリプトを試したり、お仕事だけで十分。
だけど、日記を書いたりBBSでやりとりしたり、そんな日々がちょっとなつかしかったりしていました。
ブログが主流になってきた昨今ではありましたが、イマイチ、ブログなるものの実態もわからず今日まで過ごした次第。
なにげに登録してみようか、と思い、設置してみました。

何事も経験。百聞は一見にしかず。
とにかくやってみなけりゃ、わかるものもわかりませんからね。

ほぉ〜、簡単に書けるじゃない。
へぇ〜、日記とBBSが一体になったようなものなんだ。

今頃、そんなことに感心しています。

そして、「トラックバックテーマ」なるものを発見。タイムリーにもテーマは「ブログを始めた動機」。
これ、乗っておかなくちゃ!
ということでトラックバックの初体験!
どないなものなのか、正直、まだわかってませんが。。。
ちょっと楽しそうだわ♪

なんだかなんだか・・・・

どんなもんなんだろ。。。って思いながら登録してみました。
先入観が拭い去れなくって、よくわかりません、この管理画面。
3日で終了!ってなりそうな予感です。

とりあえず、本家:さっち日記(ぶぅぶぅ・ものろーぐ)から、最近の日記をこっちに移行して、それらしく形を整えてみましょうかね。

あぁ、だけど、やっぱりよくわかりません。
RSSフィードって、何なんですか〜〜?!?!?!

経験という名の「手みやげ」 (本家日記:070714)

朝日新聞のサイト内で、旅についてのあれこれを書いているコラムがある。
海外での習慣の違いに戸惑う日本人のために、ちょっとした旅のTIPSなんかも紹介されている。
そこで見つけた言葉に反応した。
パック旅行もいいけれど、自分で手配をした自分だけの時間を楽しむ旅も良いものだ。
困ったことに出くわすこともあるけれど、よっぽどの危険が伴わなければ、それが“経験という名の「手みやげ」”であると。

その「手みやげ」、あたしもたくさん持って帰ってきたなぁと、過去の旅を思い返す。

空港でのピックアップサービス、あたしの到着を待たずに行ってしまう。
これで命が終わるかと思うほど、乱気流の中で飛行機が舞い踊る。
言葉巧みに怪しいバーに連れていかれ、ぼったくられる。
悪名高きフランスのストライキ、搭乗予定便が取り消しの危機に。
天候悪く、着陸予定の空港上空で数10分間旋廻続け、結果、隣の国まで飛んで行き着陸。
宿泊予約なしの旅、田舎の宿屋がどこも満室、空室求めてさまよい続ける。
列車の旅、洪水のため谷間の駅で足止めを食う。
地下鉄の駅爆発!とのうわさで地下鉄止まり、駅4つ分を歩く。
山で雷雨に遭遇、非難用の小屋に駆け込む。
タクシーの運転手が、別の車の運転手にメンチきりながら猛スピードで運転する。
何語かわからない言葉で、男があたしに向かって大声でまくしたてる。
使えるはずのカードでの支払い、エラーが出続ける。

異国の地で、これが悪い方向に発展したらどうしようと、心臓の鼓動が耳に聞こえてくるほどの緊張。
頭の中をいろんな思いが駆け巡る。普段は疎遠な神や仏に語りかける。
ただただ時間が過ぎるのを待つ。冷静に状況を把握して次の行動に出る。
結果、幸いなことにそれ以上に発展することもなく、やれやれと胸をなでおろすのであった。

当然のことながら、数え切れないほどの嬉しいことや楽しいことも有り。

たくさんの思い出を持ち帰り、今までに幸せな旅をいっぱいしたんだなと思う。
困ったこともあるけれど、旅にトラブルはつきもの。何とかなるもの。
生きて帰ってさえくれば、結果オーライ。どれも貴重な経験であり、あたし自身への「手みやげ」となる。

第二印象(本家日記:070627)

「人は見た目が9割」という本が話題になっている。興味をそそられる。近日中に読んでみるつもり。

人でも物でも、第一印象が大きく評価に影響するのは当然のこと。だけど、それが全てではないという認識を忘れてはいけない、ということは、頭の片隅でわかっている。でもやっぱり最初の印象をひきずってしまうことも事実。

だけど、細胞が単純にできているのだろうか、あたしって。何かのはずみで、その第二印象が第一印象と180°違うことがある。まったく正反対の評価をすることになり、「物事、やっぱり第一印象で判断したらあかんよね」と第二印象をほぼ全てと信じてしまい、9割を占めることになる。これが5割、6割に留まれば、バランスの良い判断を下すことができるのだろうけれど、それが9割を占めてしまうのだから始末が悪い。

すると次に起こる現象は、何かのはずみでまた第一印象に戻る。そして「やっぱりだまされたらあかん。第一印象を信じなあかん」と思う。そしてまたなにかのはずみで・・・・プラスとマイナスを行ったり来たりで心が疲れてしまい、その元となった物体あるいは人物については、もうどぉでもよくなって、私の視界から追放しちゃうことになる。

もっと賢く物事を判断できればよいのに・・・不器用なのかなぁ、あたしって。

で、今、第一印象からの評価が変わりつつあるものが・・・ブ・ロ・グ!
もうずいぶん前から、「ブログって何やねん、このわかりにくいのん」と、「あたしに近づくな!」くらいの勢いで毛嫌いしていた。

今日、たまたま何かを検索したときに出くわしたあるブログ、これが見やすくって、記事もおもしろく、一気に目を奪われた。無駄なリンクや広告がなく、スマートなサイトであった。すると、へぇ〜これブログってやつ?どれどれ、何がどうなってつながってるんだ?という興味がわいた。そのついでに「ブログとは?」みたいなサイトを探したり、無料のブログが使える良さげなサイトは?などと検索してみたり。なんだかとっても気になるモノになってきたかも。

でも、これで一気にプラス9割!なんて評価してしまうと、またややこしいブログに出会った時に心が乱れてしまうだろうから、ここは冷静に判断を。

なんてことをあれこれと考えているわけだけど、ブログごときであれこれ考えてるあたしって、なんだかなぁ・・・・時代にしがみつかなくちゃっ!という焦りか?

時代にしがみつけっ!(本家日記:070624)

以前のあたしは、どちらかというと、時代についてってた。
というか、同年代の友達より、いろんな新しい体験をしていたように思う。
結婚が遅かったこともあり、仕事をしながら、いろんなことを体験するチャンスに恵まれていたワケ。

約20年ちょい前、まだパソコンが今のように普及していなかった時、あたしはMS−DOSとは何ぞや?データベースって? なんてことに接しながら、アルバイトをしていた。カプラ(だったっけ?)とかいうモンに電話の受話器をカパッとはめこんで、電話回線を使い、どこぞにある文献とやらを収集するという、信じられない風景を目の当たりにしていた。

そしてワープロの時代が到来。初期の家庭用ワープロ専用機って、たったの10行くらいしかディスプレイで見る事ができなかったって、もう忘れ去られた事実かしら。
当時の私の職場で、ワープロを操るのはあたし一人。モノを教える仕事をしていたので、テキスト作成に大いに役立った。ちっちゃなスキャナまで搭載された珍しい機材を持っていたので、音楽テープのインデックスまでも、レコードジャケットから取り入れてコマメに作っていた。

次に転職した職場は外資系企業だったせいもあってか、1人1台のマッキントッシュが与えられた。まったく抵抗なく使うことができた。まだまだ巷では1人1台なんて時代ではなかった。Eメールなんて知らない人が多い中、海外と時間を気にしないやりとりを行っていた。

そうこうするうちに、Windowsの時代。インターネットが普及しはじめ、職場でもホームページ作ってみる?ということから、あたしのホームページ作りへの第一歩となったわけ。

パソコン以外でも、海外を一人で旅したり、おいしいモンを食べ歩いたり・・・
既に結婚して子育てに追われる友人達からみると「ついてけへんわ」と思われるオンナだったらしい。

ところが今のあたしってば・・・
携帯電話にカメラついてません。
携帯メールもショボイ契約しかしてないので文字制限があり、電報みたいな文しか送れません。
当然のことながら、携帯でインターネットなんてできるわけありません。
ビデオデッキに代わりハードディスクを買ってから、自分で録画できません、それどころか再生の仕方もわかりません。
ブログの構成、イマイチわかりません!!!

こうして日に日に、時代遅れとなっていくのね。
いやぁ〜〜〜〜っ!!!

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2006-07

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★さっち★

Author:★さっち★
京都のさっちでございます。
おなじみ「ピンクのぶた」!
幸せのおすそ分け、したりされたり・・・
という思いで、昔と同じ
【Glucksschewein】です。

 

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