Latest Entries
こころの暦(2)
相田みつをさんの「こころの暦」、月末31日のことばは「おかげさん」です。
このひと月、おかげさんで無事に過ごすことができました・・・の気持がこもっているのしょう。
もともと「お陰さま」というは、神さんや仏さん、ご先祖さんという偉大な力の陰で、我々がその恩恵や庇護を受けている、という意味だそうです。
目に見えない力で守られている、という思いが「おかげさまで・・・」という言葉に表されたのでしょう。
ところがおもしろいことに、悪いことが起った時にもこの言葉を使います。
「おかげさんで、えらい目に遭った」という風に。
えらい目に遭ったのは自分のせいではなくて、何かしらの力でそうなったんだ・・・と、責任転嫁するには、うってつけの言葉です。
ある意味では、少しだけ心を楽にするための魔法の言葉かもしれません。
こんなブログに訪問くださり、あぁだこぉだと反応を下さる皆さん、おかげさんで、また何か書こかいなぁという気になれます。
電車の中で不愉快な行動をとってくださる皆さん、おかげさんで、ネタができました。
インターネットという便利なもの、おかげさんで、ほんとうに沢山の情報を得ることができます。
パソコンという文明の利器、おかげさんで、目ぇがえらい悪ぅなってきました。
パン教室にケーキ教室、おかげさんで、カロリーオーバーの危機です。
昨日初めて行った眼科の感じ悪い先生、おかげさんで、どっか他の眼科を探さなければなりません。
あ、でも、おかげさんで、次の「ドクトル・ウォッチング」が書けそうです!
おかげさんで・・・おかげさんで・・・
会話の中に一言添えるだけで、良い意味でも悪い意味でも、言葉に柔らか味を加えてくれる、そんな不思議な言葉です。
このひと月、おかげさんで無事に過ごすことができました・・・の気持がこもっているのしょう。
もともと「お陰さま」というは、神さんや仏さん、ご先祖さんという偉大な力の陰で、我々がその恩恵や庇護を受けている、という意味だそうです。
目に見えない力で守られている、という思いが「おかげさまで・・・」という言葉に表されたのでしょう。
ところがおもしろいことに、悪いことが起った時にもこの言葉を使います。
「おかげさんで、えらい目に遭った」という風に。
えらい目に遭ったのは自分のせいではなくて、何かしらの力でそうなったんだ・・・と、責任転嫁するには、うってつけの言葉です。
ある意味では、少しだけ心を楽にするための魔法の言葉かもしれません。
こんなブログに訪問くださり、あぁだこぉだと反応を下さる皆さん、おかげさんで、また何か書こかいなぁという気になれます。
電車の中で不愉快な行動をとってくださる皆さん、おかげさんで、ネタができました。
インターネットという便利なもの、おかげさんで、ほんとうに沢山の情報を得ることができます。
パソコンという文明の利器、おかげさんで、目ぇがえらい悪ぅなってきました。
パン教室にケーキ教室、おかげさんで、カロリーオーバーの危機です。
昨日初めて行った眼科の感じ悪い先生、おかげさんで、どっか他の眼科を探さなければなりません。
あ、でも、おかげさんで、次の「ドクトル・ウォッチング」が書けそうです!
おかげさんで・・・おかげさんで・・・
会話の中に一言添えるだけで、良い意味でも悪い意味でも、言葉に柔らか味を加えてくれる、そんな不思議な言葉です。
ぶらり西陣
季節が良ぉなると、ほんまにぎょうさんの人が、京都へお越しにならはります。
わたしら、京都で生まれ育った普通の人間は、あんまり京都の街をゆっくりと歩くことがありません。
街へ出かけても、用事を済ましたら人ゴミを避けるようにさっさと帰るのが常です。
そやけど、たまに遠くからお友達が遊びに来てくれはると、観光客気分であっちこっちを一緒にウロウロします。
清水やら嵐山、大原、北山という観光スポットも、そうやってあちこちから来てくれはる人がいたはらへんかったら、あんまり行く機会もないまま、今まで過ごしてきたかもしれません。
この週末、お友達が遊びに来てくれはりました。
今回は、わたしが前から気になりながらもあんまり行ったことのない西陣界隈を歩いてみることにしました。
わたしの母は、西陣織の帯関係の家で生まれ育たはったのですが、わたしが物心ついた頃にはおじいちゃんはすでに亡くなっていて、おばあちゃんやらおっちゃんの家族も、すでに西陣を離れたはりました。
小さい頃に西陣の話しはいっぱい聞いたんやけど、ゆっくりと訪ねたことはほとんどあらしませんでした。
そやから、いつかぶらぶらと歩いてみたいなぁと、ずっと前から思てたのです。
北野天満宮からふらりふらりと歩きました。
ところどころ、昔ながらの町屋が並ぶ一角があったり、どこからか織機の音が聞こえてきたり、染めやら織りやら紋やら、西陣織に関わる文化がこの地に根付いているんやなぁと思わせる風情を感じることができました。
そうかと思たら、めちゃめちゃハイカラな今風のお家が建ってたりします。
「いやぁ〜、お洒落な街やなぁ〜、西陣って〜」
とかなんとか、お友達と皮肉を込めた言葉をやりとりしながら、伝統の街とやらの散策を楽しみました。
西陣の街には、古いもんがいっぱい残ってました。
あっちからこっちから張り巡らされた電線が、空を見上げる視界を遮るんですけど、それがまた古い街の風情と感じられるもんです。
今では見る事が少くなった、玄関先の牛乳箱。
午後3時の開店を待つ、お風呂屋さん前のおばちゃんの群れ。
「市外通話電話」なんて書いたぁる、「公衆電話がありまっせ」を意味する赤い電話マークの看板。
決して、テレビで見るように、町屋がきれいに並んでいるキレイなイメージの「レトロ」な街であるばかりではありません。
観光客向けに作られたんやなぁって思うような場所もありましたけど、歩いたほとんどの場所が、ほんまにゴチャゴチャのややこしい、生活感丸出しの街でした。
なんかそれが、ある意味嬉しかったです。
どこ行っても、おんなじようなもんを売ってるおみやげもん屋さんとか、もっともらしく売ってる焼き立てせんべいのお店とか、日本人には似合わへんオープンテラスのカフェとか、そんなもんが全然なかったことが、わたしには嬉しかったです。
界隈でちょっと有名なお漬けもん屋さんへ立ち寄りました。
いわゆる「京漬物」です。
言うときますが、京都に住んでる人が毎日あんな「京漬物」と呼ばれるものを食べてるわけとは違います。
実家では、いつも母が作ったお漬けもんがありましたから、お漬けもんがこんなに高いもんやと知ったのは大人になってからです。
あほらしいて、買えません。
そやから、お漬けもん屋さんにお友達を連れていくことがあっても、めったに買うことなんてありません。
そやけど、昨日は買うてしまいました。
あまりにおいしそうな大根のお漬けもんとごぼうのお漬けもんを。
夜、家にかえってうちのやっちゃんと泡盛を飲みながら、ごぼうのお漬けもんをつまみました。
おいしかったのであっと言うまになくなってしまいました。
高かったのに・・・
西陣とよばれる地域のほんの一部を歩くにとどまりました。
また、そこの通りの向こう側やら、こっちの方面やら、隈なく歩いてみたいと思います。
いろんな体験をさせてくれはるお店やらもたくさんあるみたいです。
京都人が京都を知らんでどうするの?という気持ちがますますかきたてられてしまいました。
京都へ行こうかなぁって思うお友達の皆さん、一緒に体験ごっこにつきおうてください。
歓迎しますさかい、どうぞお越しやしておくれやす!
わたしら、京都で生まれ育った普通の人間は、あんまり京都の街をゆっくりと歩くことがありません。
街へ出かけても、用事を済ましたら人ゴミを避けるようにさっさと帰るのが常です。
そやけど、たまに遠くからお友達が遊びに来てくれはると、観光客気分であっちこっちを一緒にウロウロします。
清水やら嵐山、大原、北山という観光スポットも、そうやってあちこちから来てくれはる人がいたはらへんかったら、あんまり行く機会もないまま、今まで過ごしてきたかもしれません。
この週末、お友達が遊びに来てくれはりました。
今回は、わたしが前から気になりながらもあんまり行ったことのない西陣界隈を歩いてみることにしました。
わたしの母は、西陣織の帯関係の家で生まれ育たはったのですが、わたしが物心ついた頃にはおじいちゃんはすでに亡くなっていて、おばあちゃんやらおっちゃんの家族も、すでに西陣を離れたはりました。
小さい頃に西陣の話しはいっぱい聞いたんやけど、ゆっくりと訪ねたことはほとんどあらしませんでした。
そやから、いつかぶらぶらと歩いてみたいなぁと、ずっと前から思てたのです。
北野天満宮からふらりふらりと歩きました。
ところどころ、昔ながらの町屋が並ぶ一角があったり、どこからか織機の音が聞こえてきたり、染めやら織りやら紋やら、西陣織に関わる文化がこの地に根付いているんやなぁと思わせる風情を感じることができました。
そうかと思たら、めちゃめちゃハイカラな今風のお家が建ってたりします。
「いやぁ〜、お洒落な街やなぁ〜、西陣って〜」
とかなんとか、お友達と皮肉を込めた言葉をやりとりしながら、伝統の街とやらの散策を楽しみました。
西陣の街には、古いもんがいっぱい残ってました。
あっちからこっちから張り巡らされた電線が、空を見上げる視界を遮るんですけど、それがまた古い街の風情と感じられるもんです。
今では見る事が少くなった、玄関先の牛乳箱。
午後3時の開店を待つ、お風呂屋さん前のおばちゃんの群れ。
「市外通話電話」なんて書いたぁる、「公衆電話がありまっせ」を意味する赤い電話マークの看板。
決して、テレビで見るように、町屋がきれいに並んでいるキレイなイメージの「レトロ」な街であるばかりではありません。
観光客向けに作られたんやなぁって思うような場所もありましたけど、歩いたほとんどの場所が、ほんまにゴチャゴチャのややこしい、生活感丸出しの街でした。
なんかそれが、ある意味嬉しかったです。
どこ行っても、おんなじようなもんを売ってるおみやげもん屋さんとか、もっともらしく売ってる焼き立てせんべいのお店とか、日本人には似合わへんオープンテラスのカフェとか、そんなもんが全然なかったことが、わたしには嬉しかったです。
界隈でちょっと有名なお漬けもん屋さんへ立ち寄りました。
いわゆる「京漬物」です。
言うときますが、京都に住んでる人が毎日あんな「京漬物」と呼ばれるものを食べてるわけとは違います。
実家では、いつも母が作ったお漬けもんがありましたから、お漬けもんがこんなに高いもんやと知ったのは大人になってからです。
あほらしいて、買えません。
そやから、お漬けもん屋さんにお友達を連れていくことがあっても、めったに買うことなんてありません。
そやけど、昨日は買うてしまいました。
あまりにおいしそうな大根のお漬けもんとごぼうのお漬けもんを。
夜、家にかえってうちのやっちゃんと泡盛を飲みながら、ごぼうのお漬けもんをつまみました。
おいしかったのであっと言うまになくなってしまいました。
高かったのに・・・
西陣とよばれる地域のほんの一部を歩くにとどまりました。
また、そこの通りの向こう側やら、こっちの方面やら、隈なく歩いてみたいと思います。
いろんな体験をさせてくれはるお店やらもたくさんあるみたいです。
京都人が京都を知らんでどうするの?という気持ちがますますかきたてられてしまいました。
京都へ行こうかなぁって思うお友達の皆さん、一緒に体験ごっこにつきおうてください。
歓迎しますさかい、どうぞお越しやしておくれやす!
SUPER BAD MORNING
すばらしい秋晴れの朝です。
高く澄みわたった青い空に、ところどころ、不思議な形の雲が浮かんでいます。
こんなに良い気持で始まる一日は、きっと気持の良い一日になるはずと、なんだか楽しい気分で駅に向かいます。
あたしは、朝の45分間を各駅停車の電車で過ごします。
快速に乗ろうと思えば、あと10分余りを家でゆっくり過ごせます。
だけど、この10分を早く出ることで、不意の電車の遅延にもうまく対処することができ、遅刻を回避できたこともしばしば。
それに、この各駅停車はあたしの駅発ですので、100%座れるというワケ。
ですので、何事も起らなければ、チンタラとした各駅停車での45分は、何を考えるでもなく、まったりとした時間を過ごすことができるのです。
特にこんな良いお天気の日は、電車が込み合って来るまでの数分間、窓の外の風景をボォ〜と眺めているだけで、一日を過ごすに必要な元気が沸いてくるのです。
あわただしい朝だからこそ、ゆったりと過ごせることがありがたいのです。
ところが・・・
そんな最高の気分も、コテンパンに破壊されてしまいました。
7人がけのシートとはいえ、大きな殿方が7人座ると、かなり窮屈になってしまいます。
女性が2〜3人混ざれば、7人かけても、さほど苦しくはありませんが。
朝のあたしの定位置は、ほとんどがおっちゃん。
ですので、たいていあたしを含めて6人が、7人がけのシートに座っています。
ところが、今朝、あたしの右横に乗り込んで来た兄ちゃんは、その暗黙のルールを打ち破ろうとした男でした。
あたしが端から2番目で、その兄ちゃんが3番目。
4番目に、どう見たって大人が1人座れるスペースではないスペースを、その兄ちゃんは作ろうとがんばったのです。
ある意味、正義感に満ち溢れた兄ちゃんなのかもしれません。
5番目のおっちゃん、6番目のおっちゃん、それぞれがもう少しずつ、窮屈を覚悟であっちに詰めてくれれば、4番目のスペースに女性ならなんとか座れるかな・・・という隙間になったのですが・・・
5番目のおっちゃんも6番目のおっちゃんも、そしてあっちの端っこの7番目のおっちゃんも、いつも通り、6人のつもりで座っているのです。
なのに、あたしの右横に来た3番目の兄ちゃんは、4番目のスペースを作るために、あたしの方へ寄って座ったのです。
こっちに詰めすぎです!状況判断しろよ!!
見ればわかるでしょ・・・どうみたって、4番目に1人入れるわけないのです。
ならば、もう少しそっちへ寄ってくれれば良いのに、こちらにピッタリくっついてくるのです。
そして、あたしの左側の、つまり1番目のおっさんはいつものごとくに、足をドカンと広げてるし、3番目の正義感くんも、いつしか居眠りを始め、足がドカンと広がり始めます。
その間に座っているあたし、どれほど窮屈な思いをしたか、わかりますか?
イライラ・・・
悪いことは、続けさまに起るものです。
こんなに良いお天気、そりゃぁ、遠足日和ですとも。
ですけど、朝のラッシュ時に、電車に乗って遠足に出かけるのもどうかと思うのです。
二つめの駅から乗ってきました、小学校3年生くらいのガキ共が。
先生がいくら注意しても、興奮しているガキ共がおとなしくするワケがありません。
大きな声でワァワァとはしゃぎます。
まだ込み合ってはいないので、ガキ共はウロチョロウロチョロします。
電車の揺れに揺られて、人の足を踏みまくります。
イライラ・・・
その次の駅で、高校生の男の子が乗ってきました。
彼はいつも、ドアの付近を定位置としています。
が、今朝はその定位置を、ガキ共に占拠されてしまったものですから、しかたなく吊革にぶら下がりにやってきました。
あたしの目の前。
彼の紺色の制服は、犬だか猫だかの毛だらけ!
肩からかけているスポーツバッグは、そのコーティングが剥げているのだか、汚れているのだかわからない、不思議な色をしています。
決して触れたくはないそのバッグと制服が、あたしの目の前でチラチラ動くのです。
挙句の果てに、手の甲がかゆくなったのでしょうか、制服のお腹のあたりで手の甲をこするのです。
すると、制服についている犬だか猫だかの毛が、明るく輝く光の中に、フワフワと舞い踊っていくのが見えるのです。
君ぃ!動かないで!静止していてください、お願いですから!!
心の中で何度叫んだことでしょう。
イライラ・・・
最高に気持の良い朝のはずだったのに、最悪の45分間を過ごすはめになりました。
こんな事の後には、きっとステキな事が・・・起きてくれれば良いのになぁと願う、一日の始まりでございます。
高く澄みわたった青い空に、ところどころ、不思議な形の雲が浮かんでいます。
こんなに良い気持で始まる一日は、きっと気持の良い一日になるはずと、なんだか楽しい気分で駅に向かいます。
あたしは、朝の45分間を各駅停車の電車で過ごします。
快速に乗ろうと思えば、あと10分余りを家でゆっくり過ごせます。
だけど、この10分を早く出ることで、不意の電車の遅延にもうまく対処することができ、遅刻を回避できたこともしばしば。
それに、この各駅停車はあたしの駅発ですので、100%座れるというワケ。
ですので、何事も起らなければ、チンタラとした各駅停車での45分は、何を考えるでもなく、まったりとした時間を過ごすことができるのです。
特にこんな良いお天気の日は、電車が込み合って来るまでの数分間、窓の外の風景をボォ〜と眺めているだけで、一日を過ごすに必要な元気が沸いてくるのです。
あわただしい朝だからこそ、ゆったりと過ごせることがありがたいのです。
ところが・・・
そんな最高の気分も、コテンパンに破壊されてしまいました。
7人がけのシートとはいえ、大きな殿方が7人座ると、かなり窮屈になってしまいます。
女性が2〜3人混ざれば、7人かけても、さほど苦しくはありませんが。
朝のあたしの定位置は、ほとんどがおっちゃん。
ですので、たいていあたしを含めて6人が、7人がけのシートに座っています。
ところが、今朝、あたしの右横に乗り込んで来た兄ちゃんは、その暗黙のルールを打ち破ろうとした男でした。
あたしが端から2番目で、その兄ちゃんが3番目。
4番目に、どう見たって大人が1人座れるスペースではないスペースを、その兄ちゃんは作ろうとがんばったのです。
ある意味、正義感に満ち溢れた兄ちゃんなのかもしれません。
5番目のおっちゃん、6番目のおっちゃん、それぞれがもう少しずつ、窮屈を覚悟であっちに詰めてくれれば、4番目のスペースに女性ならなんとか座れるかな・・・という隙間になったのですが・・・
5番目のおっちゃんも6番目のおっちゃんも、そしてあっちの端っこの7番目のおっちゃんも、いつも通り、6人のつもりで座っているのです。
なのに、あたしの右横に来た3番目の兄ちゃんは、4番目のスペースを作るために、あたしの方へ寄って座ったのです。
こっちに詰めすぎです!状況判断しろよ!!
見ればわかるでしょ・・・どうみたって、4番目に1人入れるわけないのです。
ならば、もう少しそっちへ寄ってくれれば良いのに、こちらにピッタリくっついてくるのです。
そして、あたしの左側の、つまり1番目のおっさんはいつものごとくに、足をドカンと広げてるし、3番目の正義感くんも、いつしか居眠りを始め、足がドカンと広がり始めます。
その間に座っているあたし、どれほど窮屈な思いをしたか、わかりますか?
イライラ・・・
悪いことは、続けさまに起るものです。
こんなに良いお天気、そりゃぁ、遠足日和ですとも。
ですけど、朝のラッシュ時に、電車に乗って遠足に出かけるのもどうかと思うのです。
二つめの駅から乗ってきました、小学校3年生くらいのガキ共が。
先生がいくら注意しても、興奮しているガキ共がおとなしくするワケがありません。
大きな声でワァワァとはしゃぎます。
まだ込み合ってはいないので、ガキ共はウロチョロウロチョロします。
電車の揺れに揺られて、人の足を踏みまくります。
イライラ・・・
その次の駅で、高校生の男の子が乗ってきました。
彼はいつも、ドアの付近を定位置としています。
が、今朝はその定位置を、ガキ共に占拠されてしまったものですから、しかたなく吊革にぶら下がりにやってきました。
あたしの目の前。
彼の紺色の制服は、犬だか猫だかの毛だらけ!
肩からかけているスポーツバッグは、そのコーティングが剥げているのだか、汚れているのだかわからない、不思議な色をしています。
決して触れたくはないそのバッグと制服が、あたしの目の前でチラチラ動くのです。
挙句の果てに、手の甲がかゆくなったのでしょうか、制服のお腹のあたりで手の甲をこするのです。
すると、制服についている犬だか猫だかの毛が、明るく輝く光の中に、フワフワと舞い踊っていくのが見えるのです。
君ぃ!動かないで!静止していてください、お願いですから!!
心の中で何度叫んだことでしょう。
イライラ・・・
最高に気持の良い朝のはずだったのに、最悪の45分間を過ごすはめになりました。
こんな事の後には、きっとステキな事が・・・起きてくれれば良いのになぁと願う、一日の始まりでございます。
か・い・か・ん PART3
先日は、スタレビのコンサートでエキサイティングな夜を過ごしました。
舞台の上のメンバーの皆さん、気持ちよかっただろうな〜って思います。
そうなんです。
舞台に立つって、気持ちいいのです。やみつきになるのです。
実はあたしも、たまに舞台に立つことがあります。
合唱を始めて30年になります。
えぇ、えぇ、生まれた瞬間から歌い続けています・・・ということで・・・ははは・・・
所属の合唱団では、今はすっかり名ばかりのメンバーになってしまっているのですが・・・
7年前に今の場所に引っ越してからは、休日の練習から足が遠のいてしまい、気持ちはあってもなかなか歌いに行けないまま数年が経ってしまいました。
練習場まで行くのが、少々面倒になってしまったのです。
それまでは、かなりマジな活動をしていたのです。
京都の合唱界ではちょいと名の知れた人々が絡んでいましたので、そこそこの実力がありました。
オーケストラと一緒に大阪や京都のシンフォニーホールで派手に演奏会をやっていました。
小林研一郎さんの「炎の第九」には、その合唱団に何度もご指名がかかり、世界のコバケンの指揮で歌うという、貴重な経験もさせていただきました。
か・い・か・ん!
大学を出た頃だったでしょうか、「カンツォーネ」のレッスンを受けに行ったことがあります。
「オ・ソーレ・ミオ」や「サンタ・ルチア」で知られる、イタリアの歌です。
イタリアで長年活躍されたオペラ歌手の指導だったのです。
先生はすごくダンディでかっこよく、歌うことはもちろんのこと、先生を眺めるのも大きな楽しみでした。
その発表会では、舞台に立つのはあたし一人。
合唱では「one of them」でしかないわけですが、一人なのです、舞台の上で。
か・い・か・ん!
そうなんです。
合唱にしても、カンツォーネにしても、舞台に立ってお客さんを目の前にして歌う、あの気持ち良さはたまらんのです。
もちろん、緊張もあります。が、それがまた心地よいのです。
今、あたしが住んでいる街はいわゆる「新興住宅地」で、この数年ですっかり立派な街になった地区です。
その地で合唱団を立ち上げることになりました。
あたしの先輩ご夫婦がこの街に引越しされた頃はまだまだ家はまばらだったのですが、何かやろうじゃないかってことで、近所の音楽好きが集まり、クリスマスにコンサートを始められたのです。
数年後、あたしもこの街に引っ越してきて、当然のように先輩ご夫婦に引き寄せられ、そのクリスマスコンサートに参加しました。
そのうち、クリスマスだけじゃぁ寂しいから・・・常設の合唱団を作っちゃえ!ってことで、本当に作っちゃったのです。
今年の3月のことです。
日曜日、この街が属するこの市の音楽祭がありました。
市内にこれだけの音楽集団があるのか!と思うほど、合唱やハーモニカ、吹奏楽団、インドネシアの民族楽器・・・いろんな団体が集い、それぞれの活動の発表をしました。
うちの合唱団にとっては、初めてのステージです。
毎年、クリスマスのコンサートをやっているとはいえ、クリスマス前にチャカチャカっと練習をして、駅前の広場や、引越し業者のトラックをステージとして街を回る・・・というコンサートなのです。
つまり、非常に地域密着型ではあるのですが・・・・にわか仕立ての合唱団。会場には屋根がない!壁もなければ音響板も何もない!!
ですので、合唱団にとっては初めての、ちゃんとした会場での演奏だったのです。
あたしにとっても、久々のちゃんとしたステージでした。
ほんとに気持ちの良いひとときでした。
たったの2曲の披露でしかありませんので、あっと言う間におしまいです。
か・い・か・ん!
その実力のほどは・・・
学生の頃からマジでやっていたメンバーが集まっているわけではありません。
近所のおっちゃん、おばちゃんが集まって始まった合唱団です。
歌の経験なんて無い人の方が多いのです。
が、しかし、だけど!!
これがなかなかの出来なのです。
さて、次は恒例のクリスマスです。
トラックでの屋根無し、壁無しのステージですが、これまた楽しみです。
寒空に響くおっちゃん、おばちゃんの歌声は、年々立派なハーモニーに育っています。
そして、あたしの心にムクムクと芽生える「やりたい衝動」。
また、あのダンディな先生のところで、カンツォーネのレッスンを受けたいです!
舞台の上のメンバーの皆さん、気持ちよかっただろうな〜って思います。
そうなんです。
舞台に立つって、気持ちいいのです。やみつきになるのです。
実はあたしも、たまに舞台に立つことがあります。
合唱を始めて30年になります。
えぇ、えぇ、生まれた瞬間から歌い続けています・・・ということで・・・ははは・・・
所属の合唱団では、今はすっかり名ばかりのメンバーになってしまっているのですが・・・
7年前に今の場所に引っ越してからは、休日の練習から足が遠のいてしまい、気持ちはあってもなかなか歌いに行けないまま数年が経ってしまいました。
練習場まで行くのが、少々面倒になってしまったのです。
それまでは、かなりマジな活動をしていたのです。
京都の合唱界ではちょいと名の知れた人々が絡んでいましたので、そこそこの実力がありました。
オーケストラと一緒に大阪や京都のシンフォニーホールで派手に演奏会をやっていました。
小林研一郎さんの「炎の第九」には、その合唱団に何度もご指名がかかり、世界のコバケンの指揮で歌うという、貴重な経験もさせていただきました。
か・い・か・ん!
大学を出た頃だったでしょうか、「カンツォーネ」のレッスンを受けに行ったことがあります。
「オ・ソーレ・ミオ」や「サンタ・ルチア」で知られる、イタリアの歌です。
イタリアで長年活躍されたオペラ歌手の指導だったのです。
先生はすごくダンディでかっこよく、歌うことはもちろんのこと、先生を眺めるのも大きな楽しみでした。
その発表会では、舞台に立つのはあたし一人。
合唱では「one of them」でしかないわけですが、一人なのです、舞台の上で。
か・い・か・ん!
そうなんです。
合唱にしても、カンツォーネにしても、舞台に立ってお客さんを目の前にして歌う、あの気持ち良さはたまらんのです。
もちろん、緊張もあります。が、それがまた心地よいのです。
今、あたしが住んでいる街はいわゆる「新興住宅地」で、この数年ですっかり立派な街になった地区です。
その地で合唱団を立ち上げることになりました。
あたしの先輩ご夫婦がこの街に引越しされた頃はまだまだ家はまばらだったのですが、何かやろうじゃないかってことで、近所の音楽好きが集まり、クリスマスにコンサートを始められたのです。
数年後、あたしもこの街に引っ越してきて、当然のように先輩ご夫婦に引き寄せられ、そのクリスマスコンサートに参加しました。
そのうち、クリスマスだけじゃぁ寂しいから・・・常設の合唱団を作っちゃえ!ってことで、本当に作っちゃったのです。
今年の3月のことです。
日曜日、この街が属するこの市の音楽祭がありました。
市内にこれだけの音楽集団があるのか!と思うほど、合唱やハーモニカ、吹奏楽団、インドネシアの民族楽器・・・いろんな団体が集い、それぞれの活動の発表をしました。
うちの合唱団にとっては、初めてのステージです。
毎年、クリスマスのコンサートをやっているとはいえ、クリスマス前にチャカチャカっと練習をして、駅前の広場や、引越し業者のトラックをステージとして街を回る・・・というコンサートなのです。
つまり、非常に地域密着型ではあるのですが・・・・にわか仕立ての合唱団。会場には屋根がない!壁もなければ音響板も何もない!!
ですので、合唱団にとっては初めての、ちゃんとした会場での演奏だったのです。
あたしにとっても、久々のちゃんとしたステージでした。
ほんとに気持ちの良いひとときでした。
たったの2曲の披露でしかありませんので、あっと言う間におしまいです。
か・い・か・ん!
その実力のほどは・・・
学生の頃からマジでやっていたメンバーが集まっているわけではありません。
近所のおっちゃん、おばちゃんが集まって始まった合唱団です。
歌の経験なんて無い人の方が多いのです。
が、しかし、だけど!!
これがなかなかの出来なのです。
さて、次は恒例のクリスマスです。
トラックでの屋根無し、壁無しのステージですが、これまた楽しみです。
寒空に響くおっちゃん、おばちゃんの歌声は、年々立派なハーモニーに育っています。
そして、あたしの心にムクムクと芽生える「やりたい衝動」。
また、あのダンディな先生のところで、カンツォーネのレッスンを受けたいです!
星屑の男達
スターダスト・レビューという、デビュー25年を迎えたグループのコンサートに行ってきました。
彼らのデビュー後1年か2年目くらいに、友達のキリちゃんが「すごいバンド、みつけちゃったよ!」と言って紹介してくれたのが始まりでした。
そのデビュー曲「シュガーはお年頃」という曲を聞いて、あたしも度肝を抜かれた気分だったことを覚えています。
なんて幸せな気分にしてくれる曲なんだ、これって!
以来、かなりはまりました、「スタレビ」の音楽に。
ここしばらくは、コンサートも新しいアルバムもちょっと縁が遠くなっていましたが、昔のアルバムは今でもよく聞いています。
久々にキリちゃんのお誘いを受けて、彼らに会いに行ってきました。
当時のコンサート会場では、黄色い声の女子高生というよりはOLやスーツ姿のお兄さん方が目についていました。
今日も多かったですねぇ、スーツ姿のおっちゃんが。
もちろんおばちゃん連中も多く、我々、同じ時期に青春時代を過ごしてたんですよね〜という強い絆を感じました。
初っ端からノリノリのバウンシング!
腕がダルイ〜〜と言いながらのクラッピング!
今日一日で、どれだけのカロリーを消費したかしら?というほど、久々に暴れてまいりました。
スタレビのコンサートは、ほんとうに楽しいのです。
歌はもちろん素晴らしい。彼らのアカペラは絶品です。
ゴスペラーズの登場よりはるか昔から、アカペラを得意としていたグループなのですもの。
歌だけではありません。おしゃべりも最高!
ボーカルの根本要さんの、コメディアン?と思わせるほどの話術に爆笑の連続です。
要さんお得意の「高音長伸ばし」も披露され、25年前と変わらぬ声量に大拍手。
しかし、やはり、昔に比べると、すこし透明感がなくなったような気がしました。
が、それは逆に「渋み」として、また心に心地よく響く声でありました。
小柄の要さんは、最初から最後まで、ぜんまい仕掛けの人形のように、チョコマカチョコマカと休む事なく動き回り、50を目前にしたおっちゃんとは思えないほどの元気さをアピール!
しかしながら・・・コンサートにはめずらしく、10分間の休憩!なんてのがありました。
さすがに、もうしんどいのやろうねぇ、この年になると・・・
と思いきや!!
この10分間もステージに居残り、しゃべり続ける、動き続ける!
そして、そして、なんと、なんと、この10分の間に特別ゲストが登場したのです。
25年前に、スタレビがデビューして初めて会った芸能人、ラジオに出演した時の司会であった笑福亭鶴瓶さんの登場だったのです。
鶴瓶さんと要さんのかけあいは、これまた爆笑の連続でした。
なんだか、すんごい得をした気分でした。
そんなこんなの3時間半におよぶコンサートが終わった後の、この心地よい疲れ。
そのボワ〜ンとした頭の中は、ある思い出で満ち満ちています。
いつもスタレビを一緒に聞いていた当時のボーイフレンドのことです。
カレと最後に会ったがスタレビのコンサート、会場はこの大阪フェスティバルホールだったなぁ・・・って。
音楽って、匂いと同じく、それにまつわる記憶を一瞬にして甦らせる力があります。
楽しかった思い出、涙で別れたあの日のコンサート。
平成元年2月のことでした。
その時のお別れが、あたしの人生における大きな、大きなターニングポイントとなりました。
そして今のあたしがあるわけです。
その辺りのお話しは、また機会があれば・・・・
久々のライブの興奮、まださめやらず。
スタレビをまだ知らない方々に、あの曲も、その曲も、いっぱい紹介したい気分です!
実は、CMやドラマで、けっこう使われている曲があるのですがね。
小さな小さな星屑がきらめくがごとくに密やかではありますが、スタレビの音楽は、そして楽しくて辛かったカレとのたくさんの思い出は、いつも心の中でキラリンと輝き続けます。
彼らのデビュー後1年か2年目くらいに、友達のキリちゃんが「すごいバンド、みつけちゃったよ!」と言って紹介してくれたのが始まりでした。
そのデビュー曲「シュガーはお年頃」という曲を聞いて、あたしも度肝を抜かれた気分だったことを覚えています。
なんて幸せな気分にしてくれる曲なんだ、これって!
以来、かなりはまりました、「スタレビ」の音楽に。
ここしばらくは、コンサートも新しいアルバムもちょっと縁が遠くなっていましたが、昔のアルバムは今でもよく聞いています。
久々にキリちゃんのお誘いを受けて、彼らに会いに行ってきました。
当時のコンサート会場では、黄色い声の女子高生というよりはOLやスーツ姿のお兄さん方が目についていました。
今日も多かったですねぇ、スーツ姿のおっちゃんが。
もちろんおばちゃん連中も多く、我々、同じ時期に青春時代を過ごしてたんですよね〜という強い絆を感じました。
初っ端からノリノリのバウンシング!
腕がダルイ〜〜と言いながらのクラッピング!
今日一日で、どれだけのカロリーを消費したかしら?というほど、久々に暴れてまいりました。
スタレビのコンサートは、ほんとうに楽しいのです。
歌はもちろん素晴らしい。彼らのアカペラは絶品です。
ゴスペラーズの登場よりはるか昔から、アカペラを得意としていたグループなのですもの。
歌だけではありません。おしゃべりも最高!
ボーカルの根本要さんの、コメディアン?と思わせるほどの話術に爆笑の連続です。
要さんお得意の「高音長伸ばし」も披露され、25年前と変わらぬ声量に大拍手。
しかし、やはり、昔に比べると、すこし透明感がなくなったような気がしました。
が、それは逆に「渋み」として、また心に心地よく響く声でありました。
小柄の要さんは、最初から最後まで、ぜんまい仕掛けの人形のように、チョコマカチョコマカと休む事なく動き回り、50を目前にしたおっちゃんとは思えないほどの元気さをアピール!
しかしながら・・・コンサートにはめずらしく、10分間の休憩!なんてのがありました。
さすがに、もうしんどいのやろうねぇ、この年になると・・・
と思いきや!!
この10分間もステージに居残り、しゃべり続ける、動き続ける!
そして、そして、なんと、なんと、この10分の間に特別ゲストが登場したのです。
25年前に、スタレビがデビューして初めて会った芸能人、ラジオに出演した時の司会であった笑福亭鶴瓶さんの登場だったのです。
鶴瓶さんと要さんのかけあいは、これまた爆笑の連続でした。
なんだか、すんごい得をした気分でした。
そんなこんなの3時間半におよぶコンサートが終わった後の、この心地よい疲れ。
そのボワ〜ンとした頭の中は、ある思い出で満ち満ちています。
いつもスタレビを一緒に聞いていた当時のボーイフレンドのことです。
カレと最後に会ったがスタレビのコンサート、会場はこの大阪フェスティバルホールだったなぁ・・・って。
音楽って、匂いと同じく、それにまつわる記憶を一瞬にして甦らせる力があります。
楽しかった思い出、涙で別れたあの日のコンサート。
平成元年2月のことでした。
その時のお別れが、あたしの人生における大きな、大きなターニングポイントとなりました。
そして今のあたしがあるわけです。
その辺りのお話しは、また機会があれば・・・・
久々のライブの興奮、まださめやらず。
スタレビをまだ知らない方々に、あの曲も、その曲も、いっぱい紹介したい気分です!
実は、CMやドラマで、けっこう使われている曲があるのですがね。
小さな小さな星屑がきらめくがごとくに密やかではありますが、スタレビの音楽は、そして楽しくて辛かったカレとのたくさんの思い出は、いつも心の中でキラリンと輝き続けます。
トマオニでニヤリ
先週から今週にかけて、「お願いします、あたしを自由にしてください」と言いたくなるくらいに仕事が詰まっています。
ありがたいことではあるのですが、休憩無しに1日中PCの前に縛られ続ける日がこうも続くと、さすがに元気だけが売り物のあたしも、グッタリしてしまいます。
そんな本日、うちのやっちゃんはお休みでした。
休日出勤した振り替え休だったのです。
夕方、お腹を空かせて待ってるのだろうなぁ・・・と思いながらもあたしは残業までして帰ってきたものですから、食事の準備なんてする元気も余裕もありません。
平日に食事に行く事なんてめったにありませんが、こんな時は近くの「トマト&オニオン」へ食べに行くのが一番!
メニューを広げて、さて今日は何にしようかなぁ〜とワクワクします。
そして・・・・ハマッてしまいました。
「弾丸ハンバーグ」
実は、あたしのお気に入りブログの一つになわないさんの「なわない」というのがあります。
昨日の記事で、女子高生が「団塊の世代」を「ダンコンの世代」と言っていたというのがあり、なわないさんならではの発想が広がり・・・まぁ、実際の記事を読んでいただければわかりますが・・・
かなり笑わせていただいたのでした。
その翌日の今日、「弾丸ハンバーグ」の文字をみて、どうしても「ダンコンハンバーグ」に見えてしかたありませんでした。
クッククックと笑いがこみ上げてきました。
「お前、変な怪しいオンナに思われるぞ」と言われても、ダンコンハンバーグにハマッてしまったのだからしかたがありません。
ダンコンハンバーグは、ごろんとした少し大きい目のハンバーグで、お店の女の子がお客の目の前で立て半分に切り、鉄板の上に並べてくれるのです。
女の子が大きなナイフとフォークを手に、ダンコンを半分に・・・
なわないさんが喜びそうなその光景に、肩をふるわす怪しいオンナでありました。
グッタリ疲れていたあたしも、ダンコンを目の前にしてすっかり元気を取り戻しました。
ダンコン、ダンコンとこの場で連呼しながら、あえて漢字にしないのは、「雅な京女」のイメージを守りたいあたしの、せめてもの足掻きなのであります。
お好きな漢字に置き換えて、お読みいただければ幸いでございます。
ありがたいことではあるのですが、休憩無しに1日中PCの前に縛られ続ける日がこうも続くと、さすがに元気だけが売り物のあたしも、グッタリしてしまいます。
そんな本日、うちのやっちゃんはお休みでした。
休日出勤した振り替え休だったのです。
夕方、お腹を空かせて待ってるのだろうなぁ・・・と思いながらもあたしは残業までして帰ってきたものですから、食事の準備なんてする元気も余裕もありません。
平日に食事に行く事なんてめったにありませんが、こんな時は近くの「トマト&オニオン」へ食べに行くのが一番!
メニューを広げて、さて今日は何にしようかなぁ〜とワクワクします。
そして・・・・ハマッてしまいました。
「弾丸ハンバーグ」
実は、あたしのお気に入りブログの一つになわないさんの「なわない」というのがあります。
昨日の記事で、女子高生が「団塊の世代」を「ダンコンの世代」と言っていたというのがあり、なわないさんならではの発想が広がり・・・まぁ、実際の記事を読んでいただければわかりますが・・・
かなり笑わせていただいたのでした。
その翌日の今日、「弾丸ハンバーグ」の文字をみて、どうしても「ダンコンハンバーグ」に見えてしかたありませんでした。
クッククックと笑いがこみ上げてきました。
「お前、変な怪しいオンナに思われるぞ」と言われても、ダンコンハンバーグにハマッてしまったのだからしかたがありません。
ダンコンハンバーグは、ごろんとした少し大きい目のハンバーグで、お店の女の子がお客の目の前で立て半分に切り、鉄板の上に並べてくれるのです。
女の子が大きなナイフとフォークを手に、ダンコンを半分に・・・
なわないさんが喜びそうなその光景に、肩をふるわす怪しいオンナでありました。
グッタリ疲れていたあたしも、ダンコンを目の前にしてすっかり元気を取り戻しました。
ダンコン、ダンコンとこの場で連呼しながら、あえて漢字にしないのは、「雅な京女」のイメージを守りたいあたしの、せめてもの足掻きなのであります。
お好きな漢字に置き換えて、お読みいただければ幸いでございます。
摂理
あたしは無宗教です。
そのくせ、何か困った事があると、神さんや仏さんを呼び出して何とかしてくれませんか・・・と勝手なお願いをしています。
何と身勝手なオンナなんだ!と神や仏に思われているに違いありません。
しかし、家の近くのカトリック幼稚園に通い、中学・高校・大学もキリスト教主義の私学に通うこととなりました。
なんとなく興味があって教会へ通ったこともあり、イエス・キリストさんがかなり身近な存在であったことも確かなのではあります。
その中学に入学した時の校長先生が亡くなったとの情報が流れてきました。
校長先生はたしか国語の先生だったと思いますが、中学・高校の6年間で授業を受け持っていただいたことがありませんでしたので、あまり親しみを感じていたというわけではありません。
キリスト教主義の学校ですので、毎朝礼拝があり、先生方や外部教会関係の方のいろんなお話しを毎日、毎日、聞くわけです。
たくさんの「ためになるお話」を聞いたはず・・・なのですが・・・あまり覚えてはいません。
だけど、中学1年の時に聞いた校長先生の2つのお話しを今でもはっきりと覚えています。
1つは1学期の終業式でのお話しです。
「皆さん、死なないで下さい」と大声で叫ばれたのです。
夏休み、たくさんの楽しいことが待っているはずです。
しかし危険もたくさん潜んでいるので、何かのはずみで命を落とすことなく、2学期の始業式に全員がここに集まりますように・・・というお話しでした。
「死なないで下さい」という言葉、とってもシンプルな願いではあるのですが、13歳のあたしがそれまでに耳にしたことのない叫びでしたので、心にズキンと突き刺さったのです。
親でも兄弟でもない、この校長先生の言葉に、「あたしが死んだら、悲しむ人がいるんだ・・・」ということを初めて感じた一瞬でありました。
もう1つは、入学式でのお話しです。
「今日、この講堂に皆さんがこうして座っているということは、神様の摂理によるものです。神様は、皆さんをこの学校に集めるという計画を、ずっと前から立てておられたのです。
この学校に入学するということが、皆さんにとって何か意味があるはずです。
全ての事が、見えない力に導かれているのです。」
というお話しだったのです。
摂理て何?と初めて聞いた言葉ではありましたが、「神様の計画」という説明で、大きくうなずくことができたのです。
今の時代ほど激しいものではありませんでしたが、当時もそれなりにありました、「受験戦争」。
あたし、こんなことを言うと「イヤなオンナ」って思われてもしかたないのですが・・・小学校の時はまぁまぁお勉強のできる子だったのです。
で、受験戦争ってやつをあまり実感せず、塾に通うこともなく受験に臨んだのです。
しかし当然のことながら、模擬試験を受けると、その戦争の中で打ち勝つ力が不足していることを思い知らされるわけです。
「まぁ、あかんかったら、あかんでいいやん」と思っていましたので、わざわざ塾へ行こうともせず、親も「合格したかったらがんばりなさい」という程度でした。
それが合格しちゃったのですから、親もあたしも驚きでひっくり返りそうになりました。
ですので「神様の計画」だったという校長先生のお話しに、あたしが合格できた裏側にはそういう秘密の力が働いていたのだ・・・とうなずいたわけです。
そう思うと、この学園での生活が、神様に呼び寄せられたあたしにとってどんなにすばらしいものになるのだろうと、キラキラと輝くような夢で胸が一杯になりました。
それからの6年、クラブ活動や数々の学校行事、本当に精一杯楽しみました。
お勉強に関しては、そこそこに・・・ほどほどに・・・まぁ、追試とやらの経験もさせていただきつつ・・・
系列の大学へ進み、卒業して既に20年以上が経過したわけですが、今でも細々とではあるですが、学園との繋がりは続いています。
そして、何かあるごとに思い出すのが校長先生のあの日の言葉「神の摂理」なのです。
その校長先生が亡くなったとの情報に、他には何も思い出がない先生ではありましが、この2つの言葉をあらためて思い出しています。
全ての事に意味があり、見えない力に導かれいる。
そういうことに気づくか、気づかないかで、物事の考え方って大きく変わるのではないでしょうか。
あたしがこうやってブログでブツクサと書いていることにも、何か意味があるのでしょうか?
ネットを通じて多くの方々と知り合うことも、神様の計画だったのでしょうか?
時にはそんな事も考えながら、自分と人との関わりも見つめてみたいなと思う、素晴らしい秋晴れの朝です!
そのくせ、何か困った事があると、神さんや仏さんを呼び出して何とかしてくれませんか・・・と勝手なお願いをしています。
何と身勝手なオンナなんだ!と神や仏に思われているに違いありません。
しかし、家の近くのカトリック幼稚園に通い、中学・高校・大学もキリスト教主義の私学に通うこととなりました。
なんとなく興味があって教会へ通ったこともあり、イエス・キリストさんがかなり身近な存在であったことも確かなのではあります。
その中学に入学した時の校長先生が亡くなったとの情報が流れてきました。
校長先生はたしか国語の先生だったと思いますが、中学・高校の6年間で授業を受け持っていただいたことがありませんでしたので、あまり親しみを感じていたというわけではありません。
キリスト教主義の学校ですので、毎朝礼拝があり、先生方や外部教会関係の方のいろんなお話しを毎日、毎日、聞くわけです。
たくさんの「ためになるお話」を聞いたはず・・・なのですが・・・あまり覚えてはいません。
だけど、中学1年の時に聞いた校長先生の2つのお話しを今でもはっきりと覚えています。
1つは1学期の終業式でのお話しです。
「皆さん、死なないで下さい」と大声で叫ばれたのです。
夏休み、たくさんの楽しいことが待っているはずです。
しかし危険もたくさん潜んでいるので、何かのはずみで命を落とすことなく、2学期の始業式に全員がここに集まりますように・・・というお話しでした。
「死なないで下さい」という言葉、とってもシンプルな願いではあるのですが、13歳のあたしがそれまでに耳にしたことのない叫びでしたので、心にズキンと突き刺さったのです。
親でも兄弟でもない、この校長先生の言葉に、「あたしが死んだら、悲しむ人がいるんだ・・・」ということを初めて感じた一瞬でありました。
もう1つは、入学式でのお話しです。
「今日、この講堂に皆さんがこうして座っているということは、神様の摂理によるものです。神様は、皆さんをこの学校に集めるという計画を、ずっと前から立てておられたのです。
この学校に入学するということが、皆さんにとって何か意味があるはずです。
全ての事が、見えない力に導かれているのです。」
というお話しだったのです。
摂理て何?と初めて聞いた言葉ではありましたが、「神様の計画」という説明で、大きくうなずくことができたのです。
今の時代ほど激しいものではありませんでしたが、当時もそれなりにありました、「受験戦争」。
あたし、こんなことを言うと「イヤなオンナ」って思われてもしかたないのですが・・・小学校の時はまぁまぁお勉強のできる子だったのです。
で、受験戦争ってやつをあまり実感せず、塾に通うこともなく受験に臨んだのです。
しかし当然のことながら、模擬試験を受けると、その戦争の中で打ち勝つ力が不足していることを思い知らされるわけです。
「まぁ、あかんかったら、あかんでいいやん」と思っていましたので、わざわざ塾へ行こうともせず、親も「合格したかったらがんばりなさい」という程度でした。
それが合格しちゃったのですから、親もあたしも驚きでひっくり返りそうになりました。
ですので「神様の計画」だったという校長先生のお話しに、あたしが合格できた裏側にはそういう秘密の力が働いていたのだ・・・とうなずいたわけです。
そう思うと、この学園での生活が、神様に呼び寄せられたあたしにとってどんなにすばらしいものになるのだろうと、キラキラと輝くような夢で胸が一杯になりました。
それからの6年、クラブ活動や数々の学校行事、本当に精一杯楽しみました。
お勉強に関しては、そこそこに・・・ほどほどに・・・まぁ、追試とやらの経験もさせていただきつつ・・・
系列の大学へ進み、卒業して既に20年以上が経過したわけですが、今でも細々とではあるですが、学園との繋がりは続いています。
そして、何かあるごとに思い出すのが校長先生のあの日の言葉「神の摂理」なのです。
その校長先生が亡くなったとの情報に、他には何も思い出がない先生ではありましが、この2つの言葉をあらためて思い出しています。
全ての事に意味があり、見えない力に導かれいる。
そういうことに気づくか、気づかないかで、物事の考え方って大きく変わるのではないでしょうか。
あたしがこうやってブログでブツクサと書いていることにも、何か意味があるのでしょうか?
ネットを通じて多くの方々と知り合うことも、神様の計画だったのでしょうか?
時にはそんな事も考えながら、自分と人との関わりも見つめてみたいなと思う、素晴らしい秋晴れの朝です!
しゅっくえぇ〜る男
“黄金伝説”と“めちゃいけ”でおなじみの濱口優くん。
あの人、ほんっとにおもしろい男です。
本当のアホなのか芸なのか、どっちだ・・・と視聴者に思わせながら番組は進み、最後にはやっぱり本当のアホなんや、って思わせて番組が終わります。
あれは一種の天才に違いありません。
我々一般人には想像もできないような発想と行動。
テストの珍回答の「珍度」では右に出るものなし!
なんだかむしゃくしゃしていても、疲れていても、あのおばかな男を見ると、笑いがこみ上げてきます。
見るともなしにつけているテレビの中で「手裏剣ラーメン」に挑戦し、「しゃくれ」の卵に目を輝かしている「はまぐっちぇ(先日の“めちゃいけ”は見逃したのですが、またもや自分の名前を不思議な表記したとか・・・)」の笑い声を聞き、心がトゲトゲしている人を救うのはあんな男かも?となんとなく思いました。
やっぱり天才です、あの男は。
アホだけど好きです!
あの人、ほんっとにおもしろい男です。
本当のアホなのか芸なのか、どっちだ・・・と視聴者に思わせながら番組は進み、最後にはやっぱり本当のアホなんや、って思わせて番組が終わります。
あれは一種の天才に違いありません。
我々一般人には想像もできないような発想と行動。
テストの珍回答の「珍度」では右に出るものなし!
なんだかむしゃくしゃしていても、疲れていても、あのおばかな男を見ると、笑いがこみ上げてきます。
見るともなしにつけているテレビの中で「手裏剣ラーメン」に挑戦し、「しゃくれ」の卵に目を輝かしている「はまぐっちぇ(先日の“めちゃいけ”は見逃したのですが、またもや自分の名前を不思議な表記したとか・・・)」の笑い声を聞き、心がトゲトゲしている人を救うのはあんな男かも?となんとなく思いました。
やっぱり天才です、あの男は。
アホだけど好きです!
秋桜
3年前の秋に撮った、奈良・般若寺のコスモスです。
まだ写真教室に通っていた時でしたので、どの写真も、先生からのイチャモンをたっぷりといただきました。
でも、全然覚えていません、そんなイチャモンなんて。
プロじゃないんですもの、いいんです、これで〜!
お気に入りを3つ、4つ選ぼうと思ったのですが・・・
選べませんでした。どれもお気に入りです!
ズラズラと並べておきますので、秋を感じていただければ幸いです。
イチャモンつけたい方は、コメント欄でお好きにどうぞ。
何を言われても、全然気にもしません。
だから、成長しないのですが・・・













まだ写真教室に通っていた時でしたので、どの写真も、先生からのイチャモンをたっぷりといただきました。
でも、全然覚えていません、そんなイチャモンなんて。
プロじゃないんですもの、いいんです、これで〜!
お気に入りを3つ、4つ選ぼうと思ったのですが・・・
選べませんでした。どれもお気に入りです!
ズラズラと並べておきますので、秋を感じていただければ幸いです。
イチャモンつけたい方は、コメント欄でお好きにどうぞ。
何を言われても、全然気にもしません。
だから、成長しないのですが・・・













季節の香り
子供の頃から、夏のギラギラの太陽が好きでした。
年頃になっても、真っ黒に日焼けする事を気にせずに、テニスだ、海だ、湖だ、信州だと、真夏の遊びを満喫していました。
そんな夏の太陽がパワーダウンする季節、9月は最も嫌いな季節です。
暑い日もあるけれど、あのギラギラほどの力もなく、朝夕がぐんと涼しくなり、過ぎ去る夏を惜しむばかりの、寂しくて寂しくて、しかたのない季節なのです。
以前、フランスの企業で働いていました。
その時、ユーザー向けのニュースレターを作っていました。
ちょうど9月、まだ編集が終わっていないのに、原稿が揃う前に「編集後記」を完成させていました。
そこに、9月は嫌いなんです・・・ってことをツラツラと書いていたんです。
原稿が揃い始め、フランス人の経理部長の原稿が手元に届きました。
彼の原稿にはこんなことが書いてありました。
ヨーロッパでは、9月はスタートの時です。
新しい年度が始まります。
夏の終わりと共に古い1年が過ぎ去り、いよいよ新しいことが始まるぞ!という気合に満ちた月です。
我々も気分を一新し、新しい事への挑戦に胸が躍っています。
みたいなことがツラツラと。
これ、あたしのコメントとあまりにも食い違っているので、あたしが身を引き、編集後記を書き直すか?とも思いました。
が、1枚のニュースレターに、こんな正反対の感想が書かれているのも、これ、外資系企業ならではのおもしろさでは?と思って、そのまま発行しました。
案の定、「フランス人は、こんな風に感じてるんやなぁ。まぁ、僕はさっちさんと同じ日本人やから、なんか9月は寂しいねん。でも、このチグハグ、おもしろかったわ」との感想をいただき、よっしゃぁ!と心の中でガッツポーズでした。
その9月が過ぎ去り10月。
行く先々でキンモクセイの甘い香りが空気に充満しています。
この匂いに包まれると、9月のあの寂しさに満ちた暗い心がカラッと晴れます。
そして、スッコ〜ンと澄んだ青空の下、大きく息を吸い込みます。
秋です!
何を食べてもおいしい季節です。
色とりどりの自然が美しくなる季節です。
炊き込みご飯、焼き芋、焼き栗・・・
そして真っ赤な紅葉が見られるのも、間もなくです。
そう思うと、ウキウキと楽しくなります。
キンモクセイの香りが、こんなにも気分を変えて幸せにしてくれる事に感謝です。
学生のころ、キンモクセイの香りのコロンが流行りました。
友達の一人が、そのコロンを一年中愛用していました。
それはあかんやろ、ピコレットやあるまいし・・・・と心の中でつっこんでいました。
この季節になると、いつも心に浮かぶ思い出のひとつです。
年頃になっても、真っ黒に日焼けする事を気にせずに、テニスだ、海だ、湖だ、信州だと、真夏の遊びを満喫していました。
そんな夏の太陽がパワーダウンする季節、9月は最も嫌いな季節です。
暑い日もあるけれど、あのギラギラほどの力もなく、朝夕がぐんと涼しくなり、過ぎ去る夏を惜しむばかりの、寂しくて寂しくて、しかたのない季節なのです。
以前、フランスの企業で働いていました。
その時、ユーザー向けのニュースレターを作っていました。
ちょうど9月、まだ編集が終わっていないのに、原稿が揃う前に「編集後記」を完成させていました。
そこに、9月は嫌いなんです・・・ってことをツラツラと書いていたんです。
原稿が揃い始め、フランス人の経理部長の原稿が手元に届きました。
彼の原稿にはこんなことが書いてありました。
ヨーロッパでは、9月はスタートの時です。
新しい年度が始まります。
夏の終わりと共に古い1年が過ぎ去り、いよいよ新しいことが始まるぞ!という気合に満ちた月です。
我々も気分を一新し、新しい事への挑戦に胸が躍っています。
みたいなことがツラツラと。
これ、あたしのコメントとあまりにも食い違っているので、あたしが身を引き、編集後記を書き直すか?とも思いました。
が、1枚のニュースレターに、こんな正反対の感想が書かれているのも、これ、外資系企業ならではのおもしろさでは?と思って、そのまま発行しました。
案の定、「フランス人は、こんな風に感じてるんやなぁ。まぁ、僕はさっちさんと同じ日本人やから、なんか9月は寂しいねん。でも、このチグハグ、おもしろかったわ」との感想をいただき、よっしゃぁ!と心の中でガッツポーズでした。
その9月が過ぎ去り10月。
行く先々でキンモクセイの甘い香りが空気に充満しています。
この匂いに包まれると、9月のあの寂しさに満ちた暗い心がカラッと晴れます。
そして、スッコ〜ンと澄んだ青空の下、大きく息を吸い込みます。
秋です!
何を食べてもおいしい季節です。
色とりどりの自然が美しくなる季節です。
炊き込みご飯、焼き芋、焼き栗・・・
そして真っ赤な紅葉が見られるのも、間もなくです。
そう思うと、ウキウキと楽しくなります。
キンモクセイの香りが、こんなにも気分を変えて幸せにしてくれる事に感謝です。
学生のころ、キンモクセイの香りのコロンが流行りました。
友達の一人が、そのコロンを一年中愛用していました。
それはあかんやろ、ピコレットやあるまいし・・・・と心の中でつっこんでいました。
この季節になると、いつも心に浮かぶ思い出のひとつです。
舞踊の会
職場のゆみさんは、50代半ばの方ですが、とってもかわいらしい方です。
小柄で、いつもニコニコしている癒し系。
若い頃は、周りのオトコ共が目を細めて眺めていたのだろうな・・・と思うような方です。
ゆみさんの趣味は踊りです。
「チントンシャン〜♪」という古典的なものではなく、演歌に合わせて踊る舞踊です。
歌謡舞踊とでもいうのでしょうか。
今日はそのゆみさんが属している一門の会がありました。
ゆみさんの出番が2時半頃ということでしたので、2時ごろに会場に到着し、他の方の舞を見ながら出番を待つことになりました。
つくづく思いました。
着物って、本当にキレイだなぁって。
ある帯屋の職人さんが言ってました。
後姿で美を表現できるのは、日本の着物の他にはないと。
確かにそうです。
太鼓、角出し、文庫・・・を始めとし、いろいろな帯の結び方を今日も見ました。
その帯のそれぞれの微妙に異なる表情が何とも美しいのです。
織物芸術の世界が、正面ではない背中に広がるのです。
そして、シンプルな形の着物だからこそ、女性のしなやかな体の動きやポーズの一つ一つが際立ち、後姿とはいえ、同じ女性の目にもうっとりするような姿が表現されるのです。
日本舞踊というものは、しなやかではあるけれど、中腰のまま歩いたり、小走りしたり、くるりと回ったり、実はあの着物の下で筋肉が盛り盛りしているのです。
だけど、そんなことを全く気づかせることがありません。
すごいなぁ・・・と感心するばかりでした。
さて、いよいよゆみさんの登場です。
小柄でかわいいゆみさんにピッタリの、とっても可愛らしい舞でした。
遠目には、20歳かそこらの娘に見えるところが、これスゴイ!
今回、ゆみさんは下駄を履いて踊ることになりました。
普通なら、足袋のまま、あるいは素足で踊るところ、下駄を履いて踊るという困難に、あえて挑戦されました。
普段からその苦労話を聞かされていましたので、我が事のように足元が気になり、ドキドキしながら見守りました。
ゆみさん、お見事な舞でした。
ゆみさんの出番の前後で20名ほどの方の踊りを見ましたが、ゆみさんがいっちばん上手でした。
手先の、首の、腰の、足の、全ての動きが本当に美しかったです。
日本人の女に生まれたからには、死ぬまでに一度でいいから、あんな風に踊ってみたい・・・と心底思いました。
10月に入り、袷の着物の季節となりました。
舞を踊るには至りませんが、あたしも、機会あるごとに着物を着て出かけ、少しは「しなやかな日本女性」の気分を楽しみたいと思います。
小柄で、いつもニコニコしている癒し系。
若い頃は、周りのオトコ共が目を細めて眺めていたのだろうな・・・と思うような方です。
ゆみさんの趣味は踊りです。
「チントンシャン〜♪」という古典的なものではなく、演歌に合わせて踊る舞踊です。
歌謡舞踊とでもいうのでしょうか。
今日はそのゆみさんが属している一門の会がありました。
ゆみさんの出番が2時半頃ということでしたので、2時ごろに会場に到着し、他の方の舞を見ながら出番を待つことになりました。
つくづく思いました。
着物って、本当にキレイだなぁって。
ある帯屋の職人さんが言ってました。
後姿で美を表現できるのは、日本の着物の他にはないと。
確かにそうです。
太鼓、角出し、文庫・・・を始めとし、いろいろな帯の結び方を今日も見ました。
その帯のそれぞれの微妙に異なる表情が何とも美しいのです。
織物芸術の世界が、正面ではない背中に広がるのです。
そして、シンプルな形の着物だからこそ、女性のしなやかな体の動きやポーズの一つ一つが際立ち、後姿とはいえ、同じ女性の目にもうっとりするような姿が表現されるのです。
日本舞踊というものは、しなやかではあるけれど、中腰のまま歩いたり、小走りしたり、くるりと回ったり、実はあの着物の下で筋肉が盛り盛りしているのです。
だけど、そんなことを全く気づかせることがありません。
すごいなぁ・・・と感心するばかりでした。
さて、いよいよゆみさんの登場です。
小柄でかわいいゆみさんにピッタリの、とっても可愛らしい舞でした。
遠目には、20歳かそこらの娘に見えるところが、これスゴイ!
今回、ゆみさんは下駄を履いて踊ることになりました。
普通なら、足袋のまま、あるいは素足で踊るところ、下駄を履いて踊るという困難に、あえて挑戦されました。
普段からその苦労話を聞かされていましたので、我が事のように足元が気になり、ドキドキしながら見守りました。
ゆみさん、お見事な舞でした。
ゆみさんの出番の前後で20名ほどの方の踊りを見ましたが、ゆみさんがいっちばん上手でした。
手先の、首の、腰の、足の、全ての動きが本当に美しかったです。
日本人の女に生まれたからには、死ぬまでに一度でいいから、あんな風に踊ってみたい・・・と心底思いました。
10月に入り、袷の着物の季節となりました。
舞を踊るには至りませんが、あたしも、機会あるごとに着物を着て出かけ、少しは「しなやかな日本女性」の気分を楽しみたいと思います。
笑い顔
夕べの帰りの電車、前に座っていた男性がずっとニコニコしていました。
新聞を読みながら、ニコニコしています。
殿方がお好きなあのテの新聞ではなく、日経新聞を手に、ニコニコしているのです。
何か面白い記事でもあるのだろうか・・・と思っていたのですが、ページをめくってあちらこちらの記事を読んでいるのですが、ずっとニコニコしているのです。
あ、この人の顔は「笑い顔」なんだ・・・ということに気づきました。
笑ってるわけではないのだけど、ニコニコしているように見える顔ってあります。
閉じている口が横に広く、少し口角が上がり気味の、そして目はどちらかというとタレ気味の、そんな顔は普通にしていても、笑っているように見えます。
高校1年の時、ミーさんと言う数学の先生がいました。
とにかく、「怒りまくり!」の先生でした。
生徒をあてて、答えられなかったら怒る。
答える声が小さかったら怒る。
机と机の間を歩く時、机の横にぶらさげてあるカバンに足があたり、そのカバンにつけてある鈴が「チリン♪」と鳴ると怒る。
そんな事がいくつか重なった日には、委員長、副委員長、クラスの代議員までもが、授業の後で数学科の部屋へ呼ばれて、説教されます。
あたし、何度、説教されに行ったことでしょう・・・
そのミーさんが笑い顔だったのではありません。
ある日、質問に答えられなかったクラスのあっちゃん、立たされたままでミーさんに責められていました。
「なんでこんなことがわからないんだ、昨日、ちゃんと予習しなかったのか!!」と
あっちゃん、こたえることもできずに黙っていました。
「なんなんだ、反省もせずに、どうしてそんなにニコニコしてるんだ!!」
と、ミーさんの怒りは頂点に達しようとしていました。
「別に笑ってません、こんな顔なんです・・・」
絞りだす様な声で、ようやくあっちゃんがこたえました。
ミーさん、さすがにこの言葉には絶句してしまいました。
へっへっ、ザマァ見ろ!
と、クラスの全員が心で万歳したことを今でも覚えています。
そうなんです、あっちゃんの顔はりっぱな「笑い顔」なんです。
ふと我に返りました。
夜の闇をバックにした目の前のガラスに映ったあたしの顔、どうみても「笑い顔」ではありません。
お口は「への字」。別にふてくされているわけではないのですが、富士山のような形のお口をした、ボォーッとしたあたしの顔、かわいくない!
目の前の男性の顔。ミーさんとあっちゃんの思い出。
なんだかおかしくって、楽しくって、ちょっと笑ってみました。
ガラスに映った「笑顔」のあたし、さっきより、ちょっとだけかわいくなりました。
新聞を読みながら、ニコニコしています。
殿方がお好きなあのテの新聞ではなく、日経新聞を手に、ニコニコしているのです。
何か面白い記事でもあるのだろうか・・・と思っていたのですが、ページをめくってあちらこちらの記事を読んでいるのですが、ずっとニコニコしているのです。
あ、この人の顔は「笑い顔」なんだ・・・ということに気づきました。
笑ってるわけではないのだけど、ニコニコしているように見える顔ってあります。
閉じている口が横に広く、少し口角が上がり気味の、そして目はどちらかというとタレ気味の、そんな顔は普通にしていても、笑っているように見えます。
高校1年の時、ミーさんと言う数学の先生がいました。
とにかく、「怒りまくり!」の先生でした。
生徒をあてて、答えられなかったら怒る。
答える声が小さかったら怒る。
机と机の間を歩く時、机の横にぶらさげてあるカバンに足があたり、そのカバンにつけてある鈴が「チリン♪」と鳴ると怒る。
そんな事がいくつか重なった日には、委員長、副委員長、クラスの代議員までもが、授業の後で数学科の部屋へ呼ばれて、説教されます。
あたし、何度、説教されに行ったことでしょう・・・
そのミーさんが笑い顔だったのではありません。
ある日、質問に答えられなかったクラスのあっちゃん、立たされたままでミーさんに責められていました。
「なんでこんなことがわからないんだ、昨日、ちゃんと予習しなかったのか!!」と
あっちゃん、こたえることもできずに黙っていました。
「なんなんだ、反省もせずに、どうしてそんなにニコニコしてるんだ!!」
と、ミーさんの怒りは頂点に達しようとしていました。
「別に笑ってません、こんな顔なんです・・・」
絞りだす様な声で、ようやくあっちゃんがこたえました。
ミーさん、さすがにこの言葉には絶句してしまいました。
へっへっ、ザマァ見ろ!
と、クラスの全員が心で万歳したことを今でも覚えています。
そうなんです、あっちゃんの顔はりっぱな「笑い顔」なんです。
ふと我に返りました。
夜の闇をバックにした目の前のガラスに映ったあたしの顔、どうみても「笑い顔」ではありません。
お口は「への字」。別にふてくされているわけではないのですが、富士山のような形のお口をした、ボォーッとしたあたしの顔、かわいくない!
目の前の男性の顔。ミーさんとあっちゃんの思い出。
なんだかおかしくって、楽しくって、ちょっと笑ってみました。
ガラスに映った「笑顔」のあたし、さっきより、ちょっとだけかわいくなりました。
10年目の学習
間もなく、結婚して10回目の記念日を迎えます。
そして、ようやく、やっと、学習できたことがあります。
2人分のロールキャベツを作る材料の量を。
うちのやっちゃんはロールキャベツが好きです。
あたしも嫌いではありませんが、キャベツの準備が面倒なので、「お肉にキャベツを巻いて上からベーコンをかんぴょうでくくりつけて冷凍してあるもの」を使って手抜きをすることが多いです。
ロールキャベツの煮込み方は、コンソメタイプ、クリームタイプ、トマトタイプ、和風タイプ、とバリエーションをいろいろ楽しめます。
どのタイプも、じゃがいも、人参、タマネギを一緒に煮込んでおくと、無難ってやつですね。
時にはブロッコリーやきのこ類、和風なら糸こんにゃくなんかを使うこともありますが、基本はこの3種類です。
この10年間、まぁ、ロールキャベツに限ったことではないのですが、この手の煮込み料理をする時、あたしはじゃがいも3個、人参2本、タマネギ3個位を使うの常でありました。
「お肉にキャベツを巻いて上からベーコンをかんぴょうでくくりつけて冷凍してあるもの」は10個入りで売っているので、当然のことながら全てを投入です。
大きなお鍋にたっぷりと、煮込み料理のできあがりです。
1日目、深めのお皿にたっぷりといただきます。
2日目、ちょいと目先を変えて、チーズなぞをのっけてオーブンで焼いてみます。
3日目、3種の野菜達は、もうほとんど原型をとどめていません。メインの「お肉に・・・・」ってやつ、1つか2つ残ってるくらいなので、ウィンナーなぞを加えてみます。1日目とは少し変わった雰囲気で、さらにたっぷりと。
「3日間、ずっと同じ料理を食べてるような気がするねんけど・・・これは気のせいではない!俺の目をごまかしたつもりかもしれんけど、全てマルッとお見通しだい!!」
と、毎回の様に言われるのであります。
あたしも、好きで3日間食べてるワケじゃぁないのですが、お鍋にたっぷりと出来てしまうのですから、しかたない。
先日、ふと思いました。
ジャガイモ、1個だったらどうなる?
人参も半分にして、タマネギも1個にしてみたら?
メインの「お肉に・・・・」ってやつを5個入れて煮込んでみました。
ひたひたのお水を加えて、味付けをして・・・
出来上がりは、なんだかたよりないです。
お鍋の半分くらいしかないのですもの、なんだか寂しい。
いつものお皿に盛り付けてみました。
やっちゃんに3個、あたしに2個。
お野菜とスープをたっぷりと加えると、なんと、なんと、お鍋は空になりました。
そうか、2人分を作るのは、こんな量でよかったのか!
あたしは何故、いつも、あんなに山ほどの量を作っていたのでしょう?
10年目にして、ようやく学習できました。
2人分の料理って、こんなにちょびっずつの材料でよかったのですね・・・
そして、ようやく、やっと、学習できたことがあります。
2人分のロールキャベツを作る材料の量を。
うちのやっちゃんはロールキャベツが好きです。
あたしも嫌いではありませんが、キャベツの準備が面倒なので、「お肉にキャベツを巻いて上からベーコンをかんぴょうでくくりつけて冷凍してあるもの」を使って手抜きをすることが多いです。
ロールキャベツの煮込み方は、コンソメタイプ、クリームタイプ、トマトタイプ、和風タイプ、とバリエーションをいろいろ楽しめます。
どのタイプも、じゃがいも、人参、タマネギを一緒に煮込んでおくと、無難ってやつですね。
時にはブロッコリーやきのこ類、和風なら糸こんにゃくなんかを使うこともありますが、基本はこの3種類です。
この10年間、まぁ、ロールキャベツに限ったことではないのですが、この手の煮込み料理をする時、あたしはじゃがいも3個、人参2本、タマネギ3個位を使うの常でありました。
「お肉にキャベツを巻いて上からベーコンをかんぴょうでくくりつけて冷凍してあるもの」は10個入りで売っているので、当然のことながら全てを投入です。
大きなお鍋にたっぷりと、煮込み料理のできあがりです。
1日目、深めのお皿にたっぷりといただきます。
2日目、ちょいと目先を変えて、チーズなぞをのっけてオーブンで焼いてみます。
3日目、3種の野菜達は、もうほとんど原型をとどめていません。メインの「お肉に・・・・」ってやつ、1つか2つ残ってるくらいなので、ウィンナーなぞを加えてみます。1日目とは少し変わった雰囲気で、さらにたっぷりと。
「3日間、ずっと同じ料理を食べてるような気がするねんけど・・・これは気のせいではない!俺の目をごまかしたつもりかもしれんけど、全てマルッとお見通しだい!!」
と、毎回の様に言われるのであります。
あたしも、好きで3日間食べてるワケじゃぁないのですが、お鍋にたっぷりと出来てしまうのですから、しかたない。
先日、ふと思いました。
ジャガイモ、1個だったらどうなる?
人参も半分にして、タマネギも1個にしてみたら?
メインの「お肉に・・・・」ってやつを5個入れて煮込んでみました。
ひたひたのお水を加えて、味付けをして・・・
出来上がりは、なんだかたよりないです。
お鍋の半分くらいしかないのですもの、なんだか寂しい。
いつものお皿に盛り付けてみました。
やっちゃんに3個、あたしに2個。
お野菜とスープをたっぷりと加えると、なんと、なんと、お鍋は空になりました。
そうか、2人分を作るのは、こんな量でよかったのか!
あたしは何故、いつも、あんなに山ほどの量を作っていたのでしょう?
10年目にして、ようやく学習できました。
2人分の料理って、こんなにちょびっずつの材料でよかったのですね・・・
懐かしの宇宙人
ドクトルウォッチング(その3)で紹介した、宇宙人・木村先生のお話しです。
宇宙人であるこの先生は、我々凡人の常識を全く無視するような事を、平気でやってしまわれるのです。
当時、研究室であたしと同じような仕事をしていた方が、結婚されることになりました。
木村先生も知っている方だったので、お祝いをしようと思われたのです。
Dr.K: 彼女の結婚のお祝い、いくらしたらいいかなぁ?
さっち: あたしは披露宴には行かないし、でもお世話になった先輩だし、1万円くらい包もうと思うんですけど・・・
Dr.K: あ、そう。僕は、そんなに付き合いが深かったワケじゃないから、3000円でいいかなぁ?
さっち: え?!3000円ですか? 先生のお立場でそれはちょっと・・・
Dr.K: それじゃぁ少なすぎる?
さっち: えぇ、まぁ・・・気持ちと言えば気持ちなんでしょうけど・・・
Dr.K: じゃ、4000円でいい?
さっち: なんですとぉ?!4000円?!それはあかんでしょぉ〜〜!!
Dr.K: なんで?なんでダメなんですか?
さっち: お祝いに「4」って数字、ダメに決まってるじゃないですか〜
Dr.K: そうなの?どうしてかなぁ・・・・
さっち: 絶対ダメです!
Dr.K: ふぅ〜ん、ダメなのか・・・じゃ、5000円かなぁ・・・
結局、いくら包まれたのかは知りませんが、放っておいたら、平気で4000円をお祝いに包むような、そんな人です。
ある時、投函しておくようにいわれた封筒、かなり分厚かったのです。
当時の封書の最低料金がいくらだったか・・・もう20年も前のことなので覚えていませんが、明らかにそれは、定量をオーバーしていました。
しかし、封書の郵送に必要な最低料金の切手が1枚、貼られていただけだったのです。
さっち: 先生、これ、かなり重いですよ?
Dr.K: そうですか?
さっち: これ、絶対追加料金、必要ですって。郵便局で計ってもらわなあきませんよ。
Dr.K: いいよ、いいよ、そのままポストに入れておいてください。
さっち: あかんって、先生!先方さんが追加料金、払うことになるじゃないですか。
Dr.K: そうなの?
さっち: そうですよ。そんなん、失礼じゃないですか。
Dr.K: ふぅ〜ん、そうかなぁ・・・
さっち: そうですって!
Dr.K: じゃ、僕がポストに入れておくから、いいですよ。
誰がポストに入れても同じことなんですけど・・・
という凡人の忠告なぞ、どこ吹く風。
あとはどうなったか、知りません。
この木村先生に、先日手紙を書きました。
あたしの父が体調を崩し、ドクトルウォッチング(その5) で紹介したキショクワルイ先生の指導を受けているワケですが、別の病院でも診てもらいたいなぁと思ったわけです。
ただ、むやみやたらに知らない病院へ連れ行くのもよくないので、ずいぶんご無沙汰してはいるのですが、木村先生のお力を得られないものかと思い、手紙を書いたのです。
知り合いに専門の先生がいらっしゃったら、紹介していただけないかと。
今日、帰宅すると、先生からハガキが届いてました。
めちゃくちゃ懐かしい、読みにくい字でした。
毎年年賀状を下さるのですが、その宛名はパソコンで出力しているし、宇宙人なので年始に手書きで一言あいさつ・・・なんてことをするはずもないし。
手書きのあの文字を見るのは、何年ぶりでしょうか。
内容は、とりあえず詳細をまた知らせてくれということだったのですが、お愛想の一つもない、そっけない文面。
それも昔とまったく変わりないなぁと、思わず笑みがこぼれます。
返事をくださっただけでも「恩の字」ってやつです。
そのハガキというのも、旅行に行った時に買ったのか、それともどなたかのおみやげでもらったのか、中国の故宮博物館の絵葉書です。
そういえば、昔も、ちょっとした連絡に、そういった絵葉書を使っていらっしゃったことを思い出しました。
いろんなことが思い出され、懐かしさで胸がいっぱいになりました。
と同時に・・・笑いがこみ上げてきました。
やられました・・・
郵便局の通信事務のハガキがペロリとテープで貼られています。
「70円の料金不足です」と。
このハガキ、通常のものよりサイズが大きかったのです。
普通のハガキなら50円切手でよいのです。
当然のことながら、先生は50円切手をペタンと貼ってくださったのです。
が、このハガキは定型外だったのです。
宇宙人に、そんな日本の常識がわかるはずがないのです。
これで良いのかな?って疑うことすらないのです。
20年前も、そしてこれからも、ずっとこんなままなんでしょう。
こんな宇宙人が知り合いにいるってのも、おもしろいじゃないですか。一生このままでいていただきたいと思いますね!
宇宙人であるこの先生は、我々凡人の常識を全く無視するような事を、平気でやってしまわれるのです。
当時、研究室であたしと同じような仕事をしていた方が、結婚されることになりました。
木村先生も知っている方だったので、お祝いをしようと思われたのです。
Dr.K: 彼女の結婚のお祝い、いくらしたらいいかなぁ?
さっち: あたしは披露宴には行かないし、でもお世話になった先輩だし、1万円くらい包もうと思うんですけど・・・
Dr.K: あ、そう。僕は、そんなに付き合いが深かったワケじゃないから、3000円でいいかなぁ?
さっち: え?!3000円ですか? 先生のお立場でそれはちょっと・・・
Dr.K: それじゃぁ少なすぎる?
さっち: えぇ、まぁ・・・気持ちと言えば気持ちなんでしょうけど・・・
Dr.K: じゃ、4000円でいい?
さっち: なんですとぉ?!4000円?!それはあかんでしょぉ〜〜!!
Dr.K: なんで?なんでダメなんですか?
さっち: お祝いに「4」って数字、ダメに決まってるじゃないですか〜
Dr.K: そうなの?どうしてかなぁ・・・・
さっち: 絶対ダメです!
Dr.K: ふぅ〜ん、ダメなのか・・・じゃ、5000円かなぁ・・・
結局、いくら包まれたのかは知りませんが、放っておいたら、平気で4000円をお祝いに包むような、そんな人です。
ある時、投函しておくようにいわれた封筒、かなり分厚かったのです。
当時の封書の最低料金がいくらだったか・・・もう20年も前のことなので覚えていませんが、明らかにそれは、定量をオーバーしていました。
しかし、封書の郵送に必要な最低料金の切手が1枚、貼られていただけだったのです。
さっち: 先生、これ、かなり重いですよ?
Dr.K: そうですか?
さっち: これ、絶対追加料金、必要ですって。郵便局で計ってもらわなあきませんよ。
Dr.K: いいよ、いいよ、そのままポストに入れておいてください。
さっち: あかんって、先生!先方さんが追加料金、払うことになるじゃないですか。
Dr.K: そうなの?
さっち: そうですよ。そんなん、失礼じゃないですか。
Dr.K: ふぅ〜ん、そうかなぁ・・・
さっち: そうですって!
Dr.K: じゃ、僕がポストに入れておくから、いいですよ。
誰がポストに入れても同じことなんですけど・・・
という凡人の忠告なぞ、どこ吹く風。
あとはどうなったか、知りません。
この木村先生に、先日手紙を書きました。
あたしの父が体調を崩し、ドクトルウォッチング(その5) で紹介したキショクワルイ先生の指導を受けているワケですが、別の病院でも診てもらいたいなぁと思ったわけです。
ただ、むやみやたらに知らない病院へ連れ行くのもよくないので、ずいぶんご無沙汰してはいるのですが、木村先生のお力を得られないものかと思い、手紙を書いたのです。
知り合いに専門の先生がいらっしゃったら、紹介していただけないかと。
今日、帰宅すると、先生からハガキが届いてました。
めちゃくちゃ懐かしい、読みにくい字でした。
毎年年賀状を下さるのですが、その宛名はパソコンで出力しているし、宇宙人なので年始に手書きで一言あいさつ・・・なんてことをするはずもないし。
手書きのあの文字を見るのは、何年ぶりでしょうか。
内容は、とりあえず詳細をまた知らせてくれということだったのですが、お愛想の一つもない、そっけない文面。
それも昔とまったく変わりないなぁと、思わず笑みがこぼれます。
返事をくださっただけでも「恩の字」ってやつです。
そのハガキというのも、旅行に行った時に買ったのか、それともどなたかのおみやげでもらったのか、中国の故宮博物館の絵葉書です。
そういえば、昔も、ちょっとした連絡に、そういった絵葉書を使っていらっしゃったことを思い出しました。
いろんなことが思い出され、懐かしさで胸がいっぱいになりました。
と同時に・・・笑いがこみ上げてきました。
やられました・・・
郵便局の通信事務のハガキがペロリとテープで貼られています。
「70円の料金不足です」と。
このハガキ、通常のものよりサイズが大きかったのです。
普通のハガキなら50円切手でよいのです。
当然のことながら、先生は50円切手をペタンと貼ってくださったのです。
が、このハガキは定型外だったのです。
宇宙人に、そんな日本の常識がわかるはずがないのです。
これで良いのかな?って疑うことすらないのです。
20年前も、そしてこれからも、ずっとこんなままなんでしょう。
こんな宇宙人が知り合いにいるってのも、おもしろいじゃないですか。一生このままでいていただきたいと思いますね!
