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近況

ようやく涼しい日々が訪れています。
とは言うものの、まだじっとりと暑い日もありますが、朝夕の過ごし易さはほんとうにありがたいです。

この恐ろしいほどの酷暑の日々、家でグゥタラに過ごしていたあたしです。
さすがに一人だと、いくら暑くてもエアコンをつけることに後ろめたさを感じ、生温い扇風機の風を受けながら、のらりくらりと日々を過ごしました。
「働かざるもの、呑むべからず」だよな・・・と思うと、お風呂上りのビール一杯!も遠慮。
たまに、やっちゃんがコップに一杯分けてくれてはいましたが。

そんなこんなで、ゴロゴロダラダラしながら、細々と次の仕事探しをしていました。

やっぱり感じることは、年齢の壁は大きいってことですね。
そしてスキルが高くても、これまたやっかいだってことです。

あたしの場合、派遣登録している会社の求人情報を見て応募していたわけですが、いくら経験があっても、その派遣会社での社内選考の段階で候補に残らないのです。

親しいコーディネーターといろいろ話しをしていると、やっぱりそこのところが見えてくるんですよね。
職場の平均年齢が低いと、どうしても若い人が求められる。
あれもできて、これもできて、と売り込んでも、派遣社員にそこまで求めていないのだ、てことがあるのです。

要するに、ちょっとパソコンさわれて、ちょっとなんらかの仕事経験がある30代が、派遣社員として一番扱い易い、というのが現状なんですよね。

こちらとしても、低い時給で、アホな上司にヘェコラするのはまっぴらゴメンです。それなりの要望とプライドを捨てずに、その出会いを待ち続けていたわけです。

仕事との出会いは、タイミングです。
どこかに自分がお役にたてる職場があるはずなんです。
だけど、需要と供給のタイミングがなかなか一致しないのです。

おかげさまで、ピタリと一致しました。
派遣会社からの推薦があり、職場となる会社に面接に行きました。
その場で即決の空気が流れました。

会社を出て、派遣会社の担当者と別れ、帰宅の前に本屋さんをうろついていると携帯が鳴り、採用される旨を正式に知らされました。
おまけに、最初提示されていたよりも、時給がアップしていました。

オッホッホ~~♪

そしてその採用が決まった日、スイスのヤツが出張で神戸に来ていました。
前日までモスクワで、その日の朝、日本に到着し、翌日にはシンガポールへ行くという強行スケジュール。
そんな中、夕食会を終えてから、電話をくれました。

最後に会ったのが、結婚2年目にやっちゃんとスイスに行った1997年。もう10年も前のことです。
だけど、受話器を通して聞こえてくるヤツの声は、まったく以前と変わりなく、つい先週も話したっけ?と思うほどに身近に聞こえました。
ただ、夕食で一杯呑んだ後だったのでしょう、ヤツは少し興奮気味でした。
ドイツ語なまりの英語が早口で、時々何を言ってるんだかわかりません。
だけど、いつもメールばかりのヤツが、電車に乗れば1時間半の距離に今いるんだ、って思うと、なんだかこっちも興奮してしまいました。
なのに、会えないってことは、やはりとっても寂しかったです。

奇しくも仕事が決まった日、そのことを一緒に喜んでくれたことが嬉しかったです。

あたしが、「スイスのヤツ」なんていうタイトルで、ヤツのことをブログで語ってるってことは、秘密のままにしておきました。
何を書いてるか、説明するのが面倒なので!

というわけで、あたしの1ヶ月半のグゥタラ生活にピリオドです。
仕事辞めたら、あれもして、これもして・・・とたくさんのことを考えていました。

7月末で辞めるにあたって、まぁ、いろいろとあったわけです。心身共に疲れ果てた、という感じでした。
8月になって時間ができたら、まず大掃除して、お部屋の模様替えして、毎日手の込んだお料理して、ビーズやパッチワークして・・・という楽しい事ばかりを考えて、自分を励ましていたのです。
ところがいざ8月になると、ほんとに数日間、動くことができませんでした。あの暑さが大きな原因であったとは思うのですが、精神的にも、もう何もしたくない、という感じでした。

で、結局、考えていたことのほとんどは実行されぬままです。

辞めてからもポコポコと開いてくれていた前の職場関連の方々の送別会。先週末の最後の送別会では、仕事が決まったことを同時に祝ってもいただきました。

そんなこんなで、明日からまた、朝のバタバタ開始です。
だけど、やっぱりあたしって、忙しくしてる方が幸せみたいです。
子育てするワケじゃぁないので、何かやっていないとイライラしてきます。

そして、今日は敬老の日。
世のおじいちゃん、おばあちゃんを敬い、優しくなれる自分でありますようにと、昨年の「ヘンリーシリーズ」を読み返しました。

だけど、敬老の日って、やっぱり「9月15日」じゃなきゃ、ピンとこないのはあたしだけなのでしょうか・・・

スイスのヤツ(2)

日本にはない風習で、慣れるにはちょっと勇気が必要なこと。
それは挨拶のキスです。
スイス人は、右・左・右と、ほっぺに3度のキスをします。
フランス人は右・左の2度なのに、スイス人は1回多いのです。

スクールでは毎朝、アホな日本人女子がステフや仏男のキスを求め、おはようの挨拶をわざわざしに来ました。
クラスレベルが異なり、教室も別なのに、わざわざ挨拶をしにきます。
その様子をシレ~~と見ていたあたしは、「おはよ~」の一言で、スイス人達のそばに寄ろうともしませんでした。

「にっぽんの女子」たるもの、いくら国際文化を学ぶ場とはいえ、そう易々とキスをさせてなるものか、と思っていました。
どうってことないのですけどね、ほっぺのキスなんて。
でも、なぜかあたしは「絶対この風習に慣れる事はない」と思っていました。

ステフはそんなあたしに、「お前に絶対キスをしてやる!」と意地になり始めていました。
あたしはあたしで「あたしに50センチ以上近寄るな!」と、これまた意地になっていました。

朝の挨拶タイムさえ過ぎ去れば、普通にクラスメイトとして仲良くできたのですが、どうも朝イチの数分間、あたしは居心地が悪かったのです。

そんなある日の挨拶タイム、ステフにガッと腕を取られてしまったのです。
「何すんねん!離せよ~!」とあたしは暴れました。
ヤツはヤツで、「いい子にしてないとキスするぞ!」と腕を離しません。

よくよく考えると、いい子にしていれば普通にキスをするということで、いい子にしていないと強引にキスされるということで・・・この言葉、どっちにしてもキスするって意味じゃん!と、後になっておかしくなり、ステフ達と大笑いしたものでした。

スイス軍団や、他のクラスメイト達は「ステフ、行け~!」とヤンヤヤンヤの大騒ぎでした。
キィ~ッとなったあたしでしたが、さすがに男子の手から逃れることができず、とうとう床に押し倒されてしまいました。

ステフがじっとあたしの目を見つめて「なんでそんなに嫌がるの?」とマジな顔で尋ねました。
なんて答えようかと考え、一瞬ひるんだすきに・・・

敗北です。
やられてしまいました、右・左・右!

「やったぞぉ~!」
「うぉ~~~!!」

こんなしょぉもないことで、クラスは大いに盛り上がっていました。
スイス人、フランス人、トルコ人、アラブ人。
みんな、とっても楽しそうに大笑いでした。
あたしも思わず吹き出してしまいました。。

授業が始まると、ノートの隅っこをちぎった紙切れに「怒ってる?怒らないでね。俺、いいヤツだからさ。スイスボーイより」と書いたメモが回ってきました。
ステフの方を見ると目が合いました。
バチッ!とウインク。

はぁ・・・
「にっぽんの女子」たるものも、瑞西人のウインクに鎧を脱ぐしかなかった、という感じです。

この出来事がきっかけとなり、ヤツとあたしの間に不思議な友情が芽生えたのです。

日本に戻ったあたしは、酔っ払ってご機嫌になると、「スイスのキス、スイッチュウ~」といって、お別れのキスを友人たちに披露する、アホ女になってしまったのでした。
あぁ、情けなや・・・
最近は、さすがにやらなくなりました、はい・・・

スイスのヤツ(1)

先日、スイスの洪水の話しを書きましたが、その時一緒にいた友人のことをちょいと書いてみます。

ヤツは数年前、ロシアに3年ほど赴任していたり、長期出張で世界中を飛び回ったり、ビジネスマンとして活躍しているようです。
今回、アジアへの出張の中に日本も予定に入っていて、神戸に一泊するとメールがありました。
たった一泊なので会う時間が作れないんだけど、電話するから!と。
嬉しいじゃないですか、あたしのことを忘れずにいてくれるってこと。

阪神大震災の時にも、心配してスイスから電話をくれたヤツです。
大事な、大事な友達です。

ヤツと出合ったのは1990年、アメリカのコロラド州、デンバーの語学スクールでした。
当時英会話スクールの講師をしていたあたしは、3ヶ月の休暇をとって短期留学しました。
留学経験のなかったあたしが、自分の英語をブラッシュアップすることと、留学先での日本人の生徒がどんな風なのか。日本から生徒を送り出す講師の立場で見ておきたかったのです。
そのスクールにヤツはいたのでした。

はっきり言うて、メッチャ男前です。キレイなんです。
日本人の女子生徒がみんな、ヤツをみてウットリしているのを、あたしはシレ~~と見ていました。
あたしの好みじゃぁなかったもんで。
今は、そこにワイルドさが加わり、かなりええ感じの紳士になりました。
今だったら、あたしもウットリしていたかも・・・


ヤツ、ステフ(Stephan)はいつも、スイス人軍団(と行っても5人ほど)で行動していました。
ステフはドイツ語圏から来ていたのですが、5人の中の3人(仏男、仏子、仏美)はフランス語圏から、そしてもう1人(独男)がドイツ語圏から来ていました。
ステフは、フランス語も流暢に操るのですが、独男はフランス語が話せません。フランス語圏からきた3人(仏男と仏子はカップルでした)はドイツ語が話せません。
ということは、この5人が一緒にいる時、何語でしゃべる?っていう単純な疑問が湧きますよね。

時にはステフがフランス語とドイツ語で通訳をする。
またある時には、5人のスイス人が英語で話しをする、という不思議な情景がそこにはありました。

ヤツらは、何ヶ月もアメリカに滞在している日本人の生徒より、ずっとずっと英語を使って生活できていました。
特にステフと仏男は、先生やスタッフ達とも冗談を言い合ってバカ笑いできるほどでした。
わざわざスクールに来る必要もないのでは?と思いました。
が、わかりました。
ヤツらは、それなりにコミュニケーションはとれるのですが、文法がメチャクチャ!
信じられないような間違いをしまくるのでした。
でも、要はコミュニケーションがとれてれば、どうにかなるものです。
とは言うものの、文法のチェック、あたしもかなりしてやりました。
何でアメリカまで来て、文法の説明せんといかんのや!・・・と思いつつ、なかなか良い経験になりました。

そうそう、あの洪水の時、ステフと一緒に向かっていたのが、仏男と仏子のところでした。

書き始めると、いろんな思い出がよみがえってきます。
続きはまた今度!

これはあの時のそれやん!

昨日の飛行機事故、朝10時半過ぎからずっとテレビにくぎづけになってしまいました。
お客さんや乗務員がどうなっているのか、なかなか情報が入って来なかったので、あの映像を見る限り、あぁあぁ~・・・と思った人、少なくなかったと思います。
最終的には全員の無事が確認され、ほんと、なによりでした。

飛行機は目的地に到着した時にでも、緊急の場合に備えかなりの燃料を積んでいる、ということを、昨日も繰り返し聞きました。
そう、何かの理由で、急遽、着陸予定の空港から別の場所へ連れていかれてしまうことって、実際あるんですよね。その時のために、予備の燃料が積まれているのですよね。

あれは95年12月。フランスのボルドーからスイスのジュネーブへ飛んだ時のことでした。
間もなく着陸です・・・と言いつつ、なかなか着陸しません。
どうも、グルグルと同じところを何度も何度も旋回していることを感じていました。
到着予定時間を15分ほど過ぎていましたが、まだ状況は変わりそうにありませんでした。
フランス語でアナウンスが流れ、「LYON」という地名だけ聞き取る事ができました。
まわりの人達が、「あぁ・・・」とため息をつき、なんだか緊張が解けたような空気が流れました。

隣にいた人に尋ねたところ、天候が悪くジュネーブに着陸するのが難しいらしい、タイミングを見て何度か着陸しようとしたけれど危険な状態だったらしい、予備の燃料にも限りがあるのでジュネーブを諦めてフランスのリヨンの空港に降りるということ、がわかりました。

ちょっとドキドキした出来事でしたが、そういう場合に備えて予備の燃料が準備されてるんだなぁということを初めて知ったのでした。

というお話が、「あの時のそれ」ではありません。

夕べの報道ステーション、古舘さんがスイスの氷河を訪れていました。
温暖化の影響で氷河が解け始めていることを取材していました。

その中で、ブリークという町が紹介されていました。
93年9月、解けた氷河の影響で洪水が起こり、大きな被害を受けたということを伝えていました。

ちょい待ち!!
ブリークで洪水?93年9月?

あたし、その時、そこにいましたやん!

ベルン郊外に住む友達を訪ねた後、一緒にシオンという町の別の友達の所へ行く途中でした。
ブリークで電車が止まってしまいました。
洪水が起こったのでした。

夕方で、周りは暗くなり始めていました。
駅の照明もところどころ消えていて、客車の中で、いつまで待ては良いかわからないまま、刻々と時間だけが過ぎていきました。

駅は、斜面に平行にホームが配置されていました。
我々の電車は上の方のホームに止まっていましたが、窓から覗くと、下の方のホームは、半分ほどが水に浸かっていました。

えらいこっちゃ・・・
いつになったら動くんだろ・・・

確かに雨は降ってたけど、こんな洪水が起こるほどの雨量だったの?

スイス人の友達に何を聞いても、「わからん」という答えしか返ってきません。
不安ではありましたが、まぁ、なんとかなるでしょ・・・と思ってはいました。

駅に軍の人達が来ていたようで、ウロウロし始めた友達が、そこで「スイス・アーミーのチョコレート」と「スイス・アーミーのクッキー」をもらって来てくれました。

なぜか彼は「スイス・アーミーの」を強調していました。
とっても特別のチョコとクッキーであるかのように。
日本人のお前に、スイス軍の食料を分け与えてやるんだぞ、とでも言いたかったのでしょうか。
あるいは、「スイスのチョコがナンバーワン」と信じているヤツが、「心して食えよ」とでも言いたかったのでしょうか。
食べてみれば大した事ないやん!
どこにでもあるチョコとクッキーでした。

そんなこんなで、3~4時間、そこで足止めをくらってしまったのですが、なんとか電車は動き始め、予定を大きく過ぎてしまいましたが、無事にシオンの友達の所へたどり着くことができました。

ということがあったのですが、まさか、まさか、それが解け出した氷河による洪水だったとは、昨日まで全く知りませんでした。
ただの大雨か?という認識しかありませんでした。

改めて、ゾゾッと寒いものが背中を走った昨日の出来事2連発でした。

笑わせるぜ、ジャック!

「24」ファンの皆様、ここ数日、テレビを見ていると飛び込んでくるジャックのCMを見て、腹かかえて笑ってません?

ほんま、笑わせてくれました、ジャック・バウワー。

キレやすくって、意外と泣き虫。
誰の指図も受けず、みんな巻き添え。
常に大ピンチで、なんだかんだと死なない。

まさしくこのドラマのエッセンスを全て語っている、このとぼけたジャックのテーマ。
笑わずにいられましょうか。

緊迫感とアクションの凄まじさに、観る者も一緒になって緊張の24時間を過ごすわけですが、その間、クスリとも笑う場面って、ほとんどないのですよね、このドラマ。
強いて言うなら、クロエに向かって「なんで貴女はいつも、そんな目ぇなんや~?」「最近、ちょっと女っぽくなったぁ?」と突っ込んでみるくらいです。

いやいや、それだけに、初めてこのジャックのテーマを聞いた時には、ひっくり返ってしまいました。

ジャック、シーズンⅥで出会える日が待ち遠しいわ~♪

ジャックの事をご存知ない皆様。
正義のためとは言え、あり得ないほどのメチャクチャな捜査。
ほんまにそんなことまでできるんかい!と突っ込みまくりのIT技術を駆使した捜査。
大統領までを殺してしまったり、悪人にしてしまう、信じられないお話しの展開。
一度その世界を垣間見れば、もうアナタも「24」の虜になること間違いなし。
シーズンⅠからボチボチと始めてみませんか?

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★さっち★

Author:★さっち★
京都のさっちでございます。
おなじみ「ピンクのぶた」!
幸せのおすそ分け、したりされたり・・・
という思いで、昔と同じ
【Glucksschewein】です。

 

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